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2019/12/11 挨拶はむづかしい

期末考査後、高3の生徒が数日ぶりに登校する。答案返却とホームルームの午前。すべきことをまとめて片付けようと予定を入れるので、何かと慌ただしい。あっというまに時間が過ぎる。

4限は学年全体で体育館に集まった。主任によれば、学年全クラスが揃ってゆっくり時間をとって話をする機会は最後なのだそうだ。3学期にも数日の登校日があるし、卒業式の予行もある。でも、それぞれに予定と段取りがあるので、話をするための時間はそうはとれないらしい。

そういう事情で、まだ2学期も終わらぬ先から、学年の教員一人ひとりから生徒たちに向けた挨拶をすることになった。(12クラスの担任と副担任が話すので、手短に話そうとしても長くなる。生徒たちはよく聞いてくれたものだ。)あらかじめ挨拶のことは主任から予告されていたので、あれこれ考えてはいた。しかし、実際は声は落ち着かず、言いたいことの半分も言えずじまいだった。

この仕事を10年以上続けていながら、大勢の人の前で改まって挨拶をするのは本当に苦手だ。初めて担任としてクラスを受け持った年、入学式後のホームルームで生徒と保護者を前にして、極度の緊張状態で挨拶をしたことを思い出すと、今でも冷や汗をかく思いがする。そのときのことは生徒も保護者もよく憶えていて、今春中学卒業式を迎えたとき、さんざんに冷やかされた。(もちろん卒業式後の挨拶も、泣いてしまう分、入学式とは違う残念さが出た。)

『挨拶はむづかしい』というのは、丸谷才一のスピーチ集だ。丸谷さんはスピーチ上手だったそうで、先のものに続き『挨拶はたいへんだ』『あいさつは一仕事』と3冊ものスピーチ集が編まれた。お祝いにお悔やみ、長いものや短いもの、様々な丸谷さんによる実例が並ぶ。どのページを繰っても、うまいなあ、おもしろいなあと感心しきりだ。

『挨拶はむづかしい』所収、丸谷さんと野坂昭如氏の対談では、野坂氏の結婚式でのスピーチを振り返り「あれは全部暗記して、原稿をみないでやつたはずですよ。」と言う。

また、『挨拶はたいへんだ』所収、井上ひさし氏との対談では、丸谷さんは次のように話している。

いい加減にしか準備しないでやったこともあるんです。僕の体験ではやっぱりだめですね。原稿なしでやるとなると、今度は頭のなかで完全原稿を作らなきゃだめです。字を書かないで完全原稿をつくるよりは、字を書いて完全原稿をつくるほうが、僕にはらくなんですよ。

出典:丸谷才一『合本 挨拶はたいへんだ』朝日文庫 p471

丸谷さんは、スピーチをするときには「完全原稿」を用意して暗誦するか、その原稿を「見るがごとく見ざるがごとくにして」語っていたという。その理由を「書き言葉というのは、いかようにも直せますけれども、口の言葉だけは一旦外に出てしまうと、もう消せませんから」としている。

他にも、長くならないこと、聞き手を楽しませることなど、挨拶のコツがちりばめられた丸谷さんのスピーチ集。わたしはどれも読んだはずなのに、そのことを何も活かせていない。それは残念至極なのだけれど、その残念さはともかくとして、最初に読んだ学生時代時代はただおもしろがって読むだけだったのが、今は挨拶の難しさを痛感しながら新たな感じで読むことができている。本は何度でも出会えるからおもしろいのだと改めて思う。

丸谷さんが亡くなって7年。新刊はとうに読めないけれど、たくさんの作品を遺してくれたので、今もこうして出会い直せている。


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クボタエリナ
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