「気候危機とグローバル・グリーンニューディール 」ノーム・チョムスキー+ロバート・ポーリン

第1章 気候変動の実像

歴史を振り返れば、そこにはむごたらしい戦争や筆舌に尽くしがたい拷問、そして大量虐殺だけでなく、あるとあらゆる形での基本的人権が踏みにじられてきた記録が見つかるだろう。しかしながら、組織立った人間生活そのものが跡形もなく破壊されてしまう危険性というのは今回が初めてだ。これを乗り越えていくためには、世界が一致団結して課題に取り組む必要がある。

<2つの人類存続への脅威
①核戦争
    核抑止、核廃絶に関係する国際条約からのアメリカの撤退
     防御が不可能な兵器の開発
      中国海、ウクライナ、中東での大規模な戦争勃発の可能性
      世界の軍事費は 年間1.8兆ドル  

②気候変動>

地球温暖化のもつ悲惨な影響がもはや不可逆になってしまう「臨海点」
を防ぐために残された時間は、あるいはゼロになってしまっているかもしれない。
大気中の二酸化炭素は急激に上昇続けており、5000万年前の始新世以来の高さまでに到達しようとしている。始新世の気温は、産業革命前の頃を比べて摂氏14度も高かった。
海面が現在に比べ6~9メートルほども高かった時代の気温まで達する勢いだ。
すでに氷河は1990年代の5倍もの速度で海に流れており、こうした喪失は10年ごとに倍化している。
解決策の実行は可能だが、人類の「究極の課題」に立ち向かうために今こそ全力をあげて一致団結すべきところを、アメリカのリーダーたち(註:トランプ政権)は、自分たちのしていることを十分自覚しつつ、なお人類生存への二つの脅威の急激な悪化に全身全霊をささげている。

<トランプ支持者たちは>トランプは新自由主義による襲撃から人々を守るためにやってきた(天からこの世に送り込まれた)と思い込んでいるわけだが、実際はトランプほど熱心に新自由主義を擁護している者は他にいない。なかなか見事な詐術だ。
「反動派インターナショナル」
アメリカ共和党、エジプト、ペルシャ湾域の軍事世襲独裁政権、インドのモディ政権、ブラジルのボルソナーロ政権、ハンガリーのオルバーン政権等
「進歩派インターナショナル」
バーニー・サンダース、ギリシャの元財相バルファスキ

■森林破壊
化石燃料の燃焼を除けば、森林破壊は気候変動の最も大きな原因だ。生きている木にはCO2の吸収と貯蔵という機能があるからだ。
森林破壊の最大の原因は、企業的農業のための開拓だ。発展途上国における森林伐採は全体のおよそ40%が企業的農業によるものであり、中でも最大の要因は畜牛の放牧のための開拓だという推計が出ている。
畜牛農業が気候変動の要因となるからくりは二つある。一つは、畜牛農業が他のどの農業形態より広い土地を必要とし、森林破壊をする動機が生まれてしまう。もう一つは、牛は食べ物を消化するときCO2より強力な温室効果ガスであるメタンを放出するからだ。これは、牛に限らず反すうする動物、羊、やぎなどについてもいえる。牛によるメタン排出は、2018年の温室効果ガス排出総量の4%に相当する。

■食料の無駄遣い
推定によると世界の食料の総生産高の35から50%は人間の口には入らず、廃棄されたり、劣化されたり、虫に食い荒らされている。発展途上国では、収穫後や加工工程において食料の40%以上が失われる。これは貯蔵や運搬のためのインフラの不備が原因だ。高所得国では、食料供給の40%以上が小売流通や消費の段階で無駄にされているという推計もある。

第2章 資本主義と気候危機

アメリカで、石油、エネルギー、金融商品等を扱う巨大複合企業「コーク・インダストリーズ」社のCEOであるコーク兄弟の率いる軍団は、地球の大気圏を汚染させつつもその対価は一切支払わず、それによって得た巨額の利益の使い道を入念に計画し、例えば、気候変動問題の現実性そのものの否定、労働者の権利の弱体化など、見事に実行してみせている新自由主義は高所得者の富や企業の力を潤してきたが、これが脅威にさらされるにつれて、今度は野蛮な資本主義体制が頭角を現してきている。コーク兄弟はこうした状況を象徴している。
アメリカの共和党も民主党も新自由主義時代を通じて右傾化を続けてきた。これはヨーロッパにもみられる傾向だ。共和党の立場はヨーロッパにおける右翼の過激派グループのそれに近いとする研究もある。しかも、共和党は世界の主要な保守政党の中でも唯一、人為的な原因による気候変動を否定している。共和党指導部の気候変動に対する見解は、共和党支持者の態度にも確かな影響を与えている。

25年前にジョセフ・スティグリッツが「市場に任せればすべてうまくいくという『宗教』」と呼んで批判した考えを、アメリカほど熱烈に崇拝している国は他にはない。<しかし、次にみるように、アメリカの経済発展は、制度や国家の介入よるものだ。>
アメリカ(そしてイギリス)の経済発展の基盤は、人類史上最も凶悪な奴隷制度だった。奴隷制度に基づく綿花の生産が、産業、金融、そして商業のド台となった。そしてアメリカは20世紀半ばまで「保護貿易主義の創始国かつ本拠地」であり続け、他国と比べ圧倒的な経済発展を遂げた後でようやく「自由貿易」が自国に有利に働くようになった。

最近、エクソンモービルとコーク兄弟は、NASAの「科学者の97%は地球温暖化の人為性について合意している。」という報告に対して正式な異議申し立てを行った。<地球温暖化の人為性に対する>懐疑の念を広げる運動はかなりの成果を上げており、気候科学者の90%以上が地球温暖化の人為性に合意しているという事実は、アメリカの人々の20%にしか知られてない。

大企業の経営陣をはじめ支配階級の人たち、筋金入りの地球温暖化懐疑論者たちも、自分たちが引き起こそうとしている惨事についてはしっかり自覚している。トランプ政権が2018年に出した国家幹線道路交通安全局が出した環境影響表明書の結論は以下のとおりだ。今世紀の終わりまでに気温は摂氏4℃ほど上昇するだろうが、自動車による排気ガスは、こうした大惨事の要因の一つでしかないので、自動車の排気ガスに対する新規規制は一切必要ないというものだ。近い将来、人類はどの道、谷底へ落ちていくのだから、今のうちにドライブを楽しもうというわけだ。

<トランプ政権の>人たちも自分たちのしていることの意味を十分に自覚している。<例えば、トランプ大統領も、自分のゴルフコースを海面上昇から守るために壁を建設する許可をアイルランド政府に求めるくらいよく事態を把握している。>にもかかわらず、あらゆる手段をつくして有害な化石燃料の使用量を増やし、最大の支援者である富裕層と民間権力者のぎゅうぎゅう詰めの懐をさらに肥していこうとしている。

一言で言うと、資本主義の論理は、野放しにした場合、破壊をもたらす。

<これに対する社会的な運動も起こりつつある。>ガー・アルペロビッツが立ち上げた「ネクスト・システム・プロジェクト」、「気候正義のためのアマゾン従業員」のメンバーたちの抗議の影響で、アマゾンのジェフ・ベソスが気候変動の悲惨な影響と闘うための資金として、科学者や活動家に100億ドルを提供するらしいことなど。

クリーンエネルギー変革は、化石燃料諸企業の利益を脅かすものだ。関連産業についても、すなわち石油掘削会社、パイプライン建設会社、石炭運送の鉄道会社、化石燃料の燃焼による発電を基盤とする電力会社についても同じことが言える。しかし、それ以外の資本主義的事業は、石油、石炭、そして天然ガスから太陽光や風力へとエネルギー源を転換したところで利潤が脅かされる心配はない。陸上風力発電やソーラーパネルによる発電は、石油や石炭、天然ガスから得られるエネルギーとほぼ同額のコストを実現しているからだ。テクノロジーの普及が進めば、クリーンエネルギーの費用も相応に下がり続けるだろう。

<とはいえ、>資本家たちが自主的に気候危機を解決してくれるだろうと本気で信じる人はいない。地球気候安定化という目標を達成するにあたり、資本主義市場の平常運転へ、炭素税よりはるかに大胆な政府介入が必要だ。<これは決して無理なことではなく、第2次世界大戦への参戦に際して、アメリカのルーズベルト政権が行った主要産業への公的介入を見れば、同様なmことは可能だ。>

<経済体制の>原動力が利潤追求である限り、人類には希望がない。ただし、工業生産という分野においてさえ、これまで利益追求だけが原動力だったというのは誤解のもとだ。例えば、私たちが使っているコンピューターやインターネットは、主に政府、大学が数十年かけて開発した後、その試行錯誤の結晶が今度は市場取引と利益を目的とする民間企業へ手渡された。核となる仕事を行った人々は利益によって駆動されていたわけではなく、難解かつ重要な問題に取り組む際に生じる好奇心や冒険心につき動かされていた。これは私たちの社会や文化を長年支えてきた研究や探求活動一般についていえる。もちろん、こうして生まれた新発見は利益追求の経済体制へと組み込まれてもきたが、これは自然の摂理などではない。これと異なる社会体制も十分に考えられるからだ。

第3章 グローバル・グリーンニューディール

IPCCの推計によると、2100年までに地球平均気温の上昇を最大摂氏1.5度に抑えるには、地球全体のCO2実質排出量を2030年までに約45%削減し、2050年までに実質排出量ゼ,ロにする必要がある。この目標の達成のためには、高めに見積もって年間平均で世界GDPの約2.5%を世界規模で投資支出に充てればよい。この投資は次の2分野で行われる必要がある。第1に、既存の建物や自動車、公共交通機関、産業生産プロセスにおける省エネ基準の劇的向上、第2に化石燃料や原子力とも競争可能な価格で提供され、産業部門や地域を問わず世界中の人々が利用できるようなクリーン再生可能エネルギー源の劇的拡大だ。こうした投資は、先述の森林破壊防止や森林再生支援という最重要分野などへの投資によって補完される必要がある。
2024年から2050年までの支出平均額は4.5兆ドル(495兆円)となり、総額は約120兆ドル(1.32京円)となるだろう。
この金額は公共部門と民間部門の両方を含む全体の投資支出総額を表している。公共、民間、両方の投資が必要だ。
グリーンニューディールの推進は、既存の新自由主義とネオファシズムの覇権争いを乗り越えるような形で資本主義を変革できる可能性がある。グリーンニューディールはオルタナティブな所有形態が活躍する大きなチャンスとなるだろう。より小規模な公有、民有、そして協同組合所有、またそれらの組み合わせからなる様々な事業形態に新たな機会が生まれるわけだ。こうした事業形態は西ヨーロッパで成功を収めている。大手民間企業より低い利益率でも経営が成り立つからだ。

エクソンモービルやシェブロンなどの民間化石燃料企業だけでなく、サウジアラムコやロシアのガスプロムなどの公有企業も、自己の利益や政治権力を守るために化石燃料消費量の大幅減を全力で阻止しようとするだろうが、こうした既得権益団体は打ち砕いていくしかない。

2050年までにCO2排出量実質ゼロ経済を実現するためには、大きな技術的課題をいくつも乗り越える必要がある。
①再生可能エネルギーの拡大にともなって必要となるテルリウム、ネオジウム等の希少金属などの天然資源が十分に供給できるかという問題。
そうした資源のリサイクル率の改善や代替資源の利用で解決可能だ。
②必要な再生可能エネルギーを生み出すのに必要な土地面積が確保できるかという問題。
ハーバード大学のマラ・プレンティスの議論によれば、アメリカ全国のエネtルギー需要を太陽と風力で完全に満たすためには、国土総面積の1%があれば十分だ。ドイツやイギリスのような人口が高密度で太陽光の量が少ないところでは3%を使う必要がある。

空気中から二酸化炭素を取り除いて地中に保存する技術や成層圏にエアロゾルを注入して地球を冷やそうとする地球工学(ジオエンジニアリング)的な技術もあるが、その副作用のリスクや効率を考えると得策ではない。植林の方が有益だろう。

原子力については、放射性廃棄物の問題や政治的安全保障でのリスクからいって、原子力に頼らないのが理想である。コストの面でも、トランプ政権下のエネルギー省ですら、原子力の発電コストは太陽光や陸上風力に比べ30%高いとしている。しかも、再生可能エネルギーのコストは低下してきているのに対し、原子力の方は福島原発での大事故などを踏まえ、リスクを抑えるためコストは高くなってきている。

■産業政策

①「固定価格買い取り制度」のようなクリーン再生可能エネルギーの価格安定の保証
電力会社に民間の再生可能エネルギー発電所から長期契約に定められた固定価格で電力を買い取るように義務付ける。

②炭素上限制度(カーボンキャップ)や炭素税による化石燃料消費量の削減。ただし、この制度の実施に当たっては、炭素上限や炭素税からの収益の大部分を低所得世帯への払い戻し、化石燃料価格の増額の埋め合わせを行う措置も併せて行う必要がある。

■安価で手軽な金融の提供

①炭素税
炭素税は化石燃料価格を引き上げて消費を抑えつつ、同時に政府の新たな収入源にもなってくれる。
初年度は炭素1トン当たり20ドルという低い税率から導入したとして、約6250億ドルの税収が期待でき、そのうち25%をクリーンエネルギー投資に割り当てたとすると1600億ドル、残りの75%は一般の人々に均等に払い戻し。

②軍事予算からの資金移転
2018年の世界の軍事支出は約1.8兆ドル。その大部分を気候安定化に移転すべきだが、政治的実施可能性から、そのうち6% 1000億ドルを気候安全保障の強化に割り当て。

③グリーン債による資金調達(連邦準備制度および欧州中央銀行主導)
連邦準備制度は金融制度の崩壊防止、経済の安定化、経済成長の誘引を目的に約12.5兆ドルを投じたという調査結果がある。そこで、連邦準備制度がグリーン債という形で1500億ドルの資金を用意するよう提案したい。欧州中央銀行も同等の資金を用意するとして,併せて3000億ドル。

④化石燃料助成金を廃止し、資金の25%をクリーンエネルギー投資に割り当てる。
化石燃料直接助成金(化石燃料の供給価格と消費者価格の差)の2015年に世界総額は約3兆ドル。この25%にあたる7500億ドルをクリーンエネルギー投資に割り当て。

①~④までの合計で公共投資資金として必要な1.3兆ドルを調達が達成。

■雇用創出と公正な移行

既存の化石燃料インフラを維持するよりもクリーンエネルギーに投資をした方が、発展レベルを問わずすべての国においてより多くの雇用創出がが期待できる。例えば、インドの場合で推計した結果、GDPの2%というペースで20年間クリーンエネルギー投資を毎年増やし続けた場合、平均で年間約1300万件の純雇用創出が見込める。これは、インド国内の化石燃料産業の縮小による雇用喪失を見込んだうえで、現在のインド経済全体における雇用数の約3%の増加に相当する。

雇用創出とともに、化石燃料産業の縮小と廃止から打撃を受けるような労働者や地域社会に対して「公正な移行」政策が必要となる。アメリカ経済での推計では、「公正な移行」の実施予算は高めに見積もって年間6億ドル(2018年の連邦政府予算の0.2%未満)という比較的小さい金額だった。この規模の資金があれば、第1に産業収縮に直面する労働者の所得、職業訓練、そして移住への支援、第2に該当産業の労働者の年金の保証について充実させることができる。

また、化石燃料産業に現在深く依存している地域社会への再投資やそのほかの包括的支援策が必要になるが、ドイツのルール地方での産業政策(ルール石炭株式会社(RAG)の炭鉱を巨大な水力発電用貯水池に改造)が参考となる。

■グリーンニューディールと「脱成長」

GDPという指標にさまざま欠陥があることは認めたうえで、脱成長的アプローチをして、世界GDPが30年間で10%縮小したとしても、CO2の排出量は10%減少するだけだ。しかも、労働者や貧困層に対して大きな雇用喪失や生活水準低下を引き起こすだろう。
CO2排出量削減の原動力として最も強力な要素はGDPの縮小ではなく、省エネや再生可能エネルギー投資の大幅な成長とそれに伴う化石燃料の生産と消費の大幅な削減だ。
日本は1990年代以降、低成長が続いているが、CO2排出量はわずかな値しか減少していない。理由は、いまだにエネルギー消費の9割を化石燃料にたよっているからだ。

■発展途上国への支援、人口移動(移民)の問題

難民たちは他国に行きたがっているわけではなく、自国から逃れようとしている。できることなた故郷で暮らしたいと思っている。
西洋諸国がこれまで破壊し続けてきた社会を再建し、すでに難民の国外逃亡の主な理由となっている環境破壊という惨事ー覚悟をもって取り組まない限り、近い将来いよいよ悪化するはずの惨事ーを防ぐために、私たちは全力で努力を続けていく必要がある。

第4章 地球を救うための政治参加

環境破壊という惨事の回避と、より自由かつ公正な民主主義社会の実現に向けての強欲な資本主義の解体とは並行して進められるべき活動だ。
気候安定化と実現しつつ、同時に世界各国で優良雇用の機会を拡充し生活水準を引き上げられるような道はグリーンニューディールしかないというのが私の見解だ。グリーンニューディールは格差の拡大を解消し、世界的新自由主義と近年台頭してきたネオファシズムを打倒しつつ気候安定化へと到達し得る唯一の方策だというより広義の言い方をしても良いだろう。
一方、「エコ社会主義」といった運動の果たしてきた役割、ねらいは理解するが、まずは、目の前の実存的課題、環境破壊という惨事を回避する方策を優先すべきだ。
私もまずはアントニオ・グラムシの名言から出発したいー「心には悲観主義を、意志には楽観主義を」


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