月刊『ピン留めの惑星R』07|2019年11月号
いつのまにか失くしてしまった “たいせつなもの” たちが辿り着く
どこかの星のだれかの物語 ───。
✑ 今号のラインナップ
つきはなこのイラスト、そこからインスピレーションを受けて書いた大島智衣の読みもの、おまけの購読特典ではここだけでお届けする二人の談話を。
✑ 『さざんかの隠れ宿』 つきはなこ
✑ 『お土産』 大島智衣
冷蔵庫の賞味期限をチェックするのは私の仕事だ。
職場の冷蔵庫に自分のものを保管するときは、各自油性マジックでそれに名前を書く決まりになっている。
そして、その賞味期限は定期的にチェックされ、大幅に期限を過ぎているものは処分される。その役目を担っているのが、職場でいちばん下っ端の私だ。
数日前からパック詰めのイカの塩辛が冷蔵庫内に仲間入りした。
そこには、五島くんの名前が書かれていた。
走り書きされたその名前は、派手なパッケージデザインの上に遠慮なく重ね書きされていて、とても読み取りづらかった。
パックを手に取り、賞味期限の表示を探してみる。
もう既に一日過ぎていた。
次の日も塩辛はそのままだった。またその次の日も。
五島くんのデスクの方角を見渡すと、パソコンに向かい合っている彼が見えた。
「五島くん」
後ろから呼びかける。
振り向いた彼に、余計なおせっかいかもと思いつつこう告げた。
「冷蔵庫の塩辛……賞味期限、切れとるよ? 早く……食べや。」
すると、彼の顔色がすこし曇ったように感じた。
「あれは……秦野さんにお土産であげたやつなんです。」
そうか。そういえば、何日か前に五島くんが私たちの部署にやってきて、秦野さんに出張のお土産を買ってきたからどうぞと言っていたことを思い出した。それがあれか。
秦野さんいわく、ちょっと前に五島さんの仕事を秦野さんが手伝ってあげたことがあったらしく、そのお礼らしかった。
それがあれか。
なんで秦野さんはそれをずっと置きっぱなしなんだろう。
「あっ。でも賞“味”期限だから。消“費”期限じゃないから。」
取り繕った──。
五島くんは、「けど期限過ぎても秦野さんなら、おいしく食べてくれると思います。」と言って、すこし笑った。
「そっか。……だね。」
自分のデスクへと戻りながら、そんなわけないじゃん五島くん馬鹿じゃないのピュア過ぎるよという気持ちが拭えなかった。
*
大学時代。
同級生の男の子の部屋を訪ねると、玄関を開けた瞬間に甘酸っぱすぎる匂いが鼻をついた。
「どうしたの? なんかすごい甘い匂いするね。」
驚いて彼に尋ねると、「そおか? 俺はようわからへんねん。」と気になっていない様子だった。
狭い畳の部屋に上がって、ぐるりと一周を見渡す。匂いの原因を探った。
と、部屋の隅に小さな紙袋が置いてあった。
近寄って覗き込むと、なんとそこで林檎が4〜5個ほど、かびかびにかびていた。これだ。
「あ、林檎もらってん。」
袋を持ち上げると、紙の底に滲んだ果汁が畳にも染みたらしく、丸くいくつもの林檎の形にやはりそこもかびていた。
その畳を掃除して、敷いた布団の上で彼と寝て、それ以来その部屋を訪れることも彼に会うこともなかった。
*
五島くん。
私なら、五島くんに貰ったお土産その日に持ち帰るし、すぐにおいしく食べる。
そう思いながら、いつまで経ってもそのままになっている塩辛を確認して冷蔵庫のドアを閉めた。
明日は、年に一度、職場が全館休館となり一斉停電となる日だ。
冷蔵庫には随分前から前日までに各自庫内のものを引き上げるようにと忠告文が貼ってある。
どうなる、もはや塩辛と言う名の三角関係。
休館日明け、役目として私がそれを処分しなければならなくなるのもいやだけど、今日のうちに秦野さんに私から催促するのももっといやだ。
いっそ、私が持ち帰ろうか?
……それは違う。すぐにそう思い至った。
今日の遅番は誰なのだろう?
シフト表を見る。
すると、遅番は秦野さんで「冷蔵庫掃除」とメモしてあった。
ならば、ならば良かった。冷蔵庫掃除を秦野さんがするならば、それはもうきっとさすがに、塩辛を思い出す。だって、目の当たりにするはずだから。
良かった。きっと秦野さんは五島くんの塩辛を持ち帰り、賞味期限こそ切れてはいるけれど今夜それを肴においしく酒を飲む。
良かった。良かったね五島くん。
だけど私は──きみが秦野さんにあげた塩辛より遥か塩辛い気持ちを、きっと貰えたと思う。私の勝ちだ。
✑ あとがき
とある芸能人の夢を見た。
その人(Aさんとする)はテレビで見る限り100%明るく前向きな人なのだが、夢の中ではビルの前で頭を抱えて立ち尽くしていた。
たまたまその場に遭遇した私は
(あ、そうだ、Aさんは普段明るいけど不安になると動けなくなるんだった)
と、前にもAさんのこんな姿を見た気がした。Aさんを昔から知っているような。
目が覚めて、テレビにAさんが出ていたけれど、全然知らないただただ遠い人だった。
この時のがっかりした感情が切なくて、結構好きだったりする。
つきはなこ
『孤独のグルメ』や『デザイナー 渋井直人の休日』みたいなモノローグ系のドラマが好きです。人ひとりの思考のなかに、その人の人生の機微や悲喜こもごもや悲哀が窺えてしみじみととても愛おしく大好きなのです。
そんな素敵なドラマのように、私が書くモノローグ系エッセイ『男子発言ノート』や『好きにならずにいられてよかった』もドラマ化されたらいいのになぁ…! といつも願い焦がれています。(男子発言ノートのドラマ用脚本はすでに5話ぶんは試作で書いてあります。)
そんな素敵深夜ドラマをいつも製作している憧れのテレビ東京とnoteが今、シナリオを募集する投稿コンテスト「#テレ東ドラマシナリオ」を開催されてます。
今号の読みものは、つきさんのイラストで描かれいてる「畳」に思いを馳せ掘り起こした回想といつもの随想とでモノローグエッセイを書いたのですが、このモノローグ的なものはシナリオに近いものがあるので、すこーし(?)シナリオ全とはしていませんが、応募タグを付けさせてもらいました。
なかでも、①大麦こむぎさんの『月がきれいですね』がいいなぁと思いまして、“「すき」以外で気持ちを表すには…?”というテーマに通じるエッセンスが今号のエッセイにもあるかなと思ったのでこちらのテーマ向けに応募します。
。。・゚・。。 定期購読特典・。。・゚・
✑ おまけ 〜つきはなこ&大島智衣のここだけ談話〜
ここだけでしか読めない二人の談話を盛りだくさんにお届けします☆彡
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