月刊『ピン留めの惑星R』05|2019年9月号
いつのまにか失くしてしまった “たいせつなもの” たちが辿り着く
どこかの星のだれかの物語 ───。
✑ 『媚びりつく背中』 つきはなこ
✑ 『恋の壁』 /大島智衣
男友だちによるとこうだ。
ある女の子と飲んだ帰り道。
人もまばらな深夜の飲み屋街の路地で、閉まったシャッターに彼女を押し付けてキスをしたのだそうだ。情熱的に。
そしてそのときの「ガシャーン」という音に、そのあとも軋み続けるシャッター音に、たいそう興奮したのだと。
彼は得意げである。
俺ってばワイルドげである。
しかし私は気になった。
「でもそのシャッター……汚くない?」
「背中、汚れない?」
と。
私の知る限り、シャッターは汚い。
土ぼこりや排気ガス、ダクトからの油膜やらが相まって、結構汚いと思う。
そんなシャッターに押し付けられたら、興奮どころじゃない。
服がぁあ!ってなる。
髪がぁああ!となる。
彼はしかし、そんなことには思いも寄らない。
耳もガンガンに舐めてやったよ、と続けた。
私はまたも気になった。
「ピアスも?」
だってピアスも結構、汚いと思う。
*
そこで思い出したことが。
昔、部屋を訪ねてきた男子と‘そういうこと’になったとき。
ベッドが隣室との壁に接しているから床でしようということになり、彼はカーペットの上にわざわざバスタオルを敷いてくれた。カーペットが汚れることを気に掛けてそうしてくれたのだろう。
優しい。(……のか?)
*
かつて、急性胃腸炎でちょっとだけ入院したときに、お世話になった男性の看護師に日々ときめいていたことがある。
彼が夜勤明けの朝、ふたりが同棲している部屋に彼がくだびれて帰ってくる。
まだベットで寝ていた私は、早くおいでと呼ぶのだけれど、彼は「アルコールくさいから」とそそくさと脱衣所で服を脱ぎだし、そのままで全然いいのにという私の声に耳も貸さずにシャワーを浴びに行き、それから濡れた髪を拭きながらいそいそとベッドに倒れ込んでくる場面を想像して、思い切りぐふふとなった。
長い一日の労働で汚れたカラダを一秒でも早くきれいにして私のもとに駆けつけたいと、泡と葛藤し、急く気持ちがいじらしかった。
まぁ、想像なのだけど。
*
恋と汚れは隣り合わせだ。
汚れは懸念や躊躇ともなり得るし、恋を盛り上げるエッセンスともなり得る。
汚れたシャッターや壁にドンされてもいい相手に出会えたら、最高だろう。
でもやっぱり、シャッターはいやだ。
✑ あとがき
夜8時、近所のスーパーへ行く途中にあるマンションの前で男女が顔を近づけて囁き合っていた。古い錆びついたマンションで、すぐ横の電柱には「車で融資」なんていう張り紙がある。ロマンチックでは全然ないけれど、そこは宇宙より遠い世界の住人のように見えて、何だか羨ましかった。
今回はつきさんのイラストをみて思い出したことをエッセイにしました。
恋にまつわる“汚れ”といえば、男性がハンカチを取り出して女性が座るところにふわっと敷いてあげたりするじゃないですか。映画とかでしか観たことがないですけど。あれをされたら果たして嬉しいかなぁ? というのも気になっています。立ち上がるとき、汚れてしまったハンカチを彼は折りたたんでまたポケットに戻すのかな……? とそっちの方がアレコレ気になるので、やってもらわなくていい気がしています。あ、でもそれを洗って返すってのは良さそうです。
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✑ おまけ 〜つきはなこ&大島智衣のここだけ談話〜
ここだけでしか読めない二人の談話を盛りだくさんにお届けします☆彡
大島智衣(以下大島) 『媚びりつく背中』、男の子のかばんの紐がねじれちゃってるのがイイですね。
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