水曜日のカンパネラ・ケンモチヒデフミが語る、良い音・良い曲の作り方
水曜日のカンパネラでほとんどの楽曲を手がけるトラックメイカーであり、さまざまなアーティストへの楽曲提供やサウンドプロデュース、さらにはCM音楽や映画の劇伴など、活躍の場を広げているケンモチヒデフミさん。彼の音作りのこだわりや「良い音」の定義とはどんなものなのか。制作方法や考え方、そのルーツについて聞いた。
<取材・執筆:山田宗太朗 / 編集:小沢あや(ピース株式会社)>
「組み合わせの暴力」が持ち味のトラックメイカー
2000年代にはガットギターを軸としたクラブミュージックをソロ名義でリリースしていたケンモチさん。2012年に水曜日のカンパネラを結成し、作曲・編曲担当としてJ-POPシーンで活躍することに。2021年9月には主演・歌唱のコムアイが脱退し、新たに詩羽(うたは)を2代目主演・歌唱として迎え入れた。第2期となった水曜日のカンパネラは『エジソン』がTikTokをきっかけに大バズりするなど、スムーズな世代交代を完了させ、新たな物語を始めようとしている。
ケンモチサウンドの特徴は、一言で言えば「組み合わせの暴力」である。これはケンモチさんがインタビューなどで繰り返し語ってきたキーワードのひとつで、「本来一緒になるはずのない音楽を組み合わせ、違和感を残したままお茶の間に流す」ことだ。2014年にリリースされた水曜日のカンパネラの『桃太郎』は、まさにそれを実現し、彼らを一躍有名にした。
水曜日のカンパネラ以外でも、たとえば彼がプロデュースするアーティスト・Xiangyu(しゃんゆー)の楽曲では、南アフリカのゴム(Gqom)やタンザニアのシンゲリ(Singeli)など、ややマニアックなダンスミュージックを取り入れている。
「これは誰もやっていないだろうとか、J-POPで歌モノに昇華している人はいないだろうとか、そういう観点で新しいものを取り入れるようにしています」
そうケンモチさんは語るが、誰もやっていないのは、形にするのが難しいからでもある。なぜ彼は新しい音楽を次々とJ-POPに取り入れられるのだろうか。「もちろん最初からうまくいくわけではない」とケンモチさんは言う。
「最初に作る曲は『こうじゃなかった気がするんだけどな……』という気持ちのままできあがって、それが5曲ぐらいたまると『こういうものなのか』と自分の中で腑に落ちてくるんです。つまり、何曲か作っているうちに慣れてくるんですね。その結果、自分流の、たとえばケンモチ流のゴム(Gqom)になったりするんです」
作曲は0から1を生み出すものではなく、ある種の型の上に積み上げていくもの
作曲においては、まずはトラックを作り、その上にメロディを乗せる順番で行い、メロディーから先に作ったことは一度もないという。トラック作りは「積み上げるもの」だと説明する。
「こういう曲を作りたい、というなんとなくのイメージがあって、でも、作っていくうちに当初考えていたものとは違うものになっていきます。そうして土台ができたら、その上にどういうメロディが乗るのか、どんな構成がありえるのかを考えて、だんだん曲になっていく」
この時、メロディや構成は「降りてくる」ものでも「頭の中で鳴っている」ものでもない。
「トラックという土台があるので、メロディも構成もある程度は限定されます。それに僕はコード進行の手数が少ないので、どの曲もある種のパターンで聴こえるかもしれない。それが良い意味で僕の曲だと認識できる癖になっていると思います」
作曲に限らず、創作とは0から1を生み出すようなものだと多くの人が考えているかもしれないが、ケンモチさんの考えはそうではないようだ。
「0から1、というものは今はない気がしていて。自分が見たり聴いたり感動したりしたものを『自分もやってみたい』と思うところから、自分なりに真似していく。そうして自分のフィルターを通すことで違うものができる。実は、みんな7割くらいは同じものを作っているのかもしれません。残りの3割が、自分を通したことによってそれぞれ違う形で伸びていく。そう考えています」
つまり、音楽として成立させるためには、模倣によるある程度の型が必要で、その型をこしらえた上で自分なりの何かを付け足していく。これを「積み上げる」と表現しているのだろう。その「積み上げ」の要素に世界各国の民族音楽やダンスミュージックが含まれることで、ケンモチサウンドになっていく。
最近では、TikTokでどのように音楽が聴かれているかもチェックしていて、構成面での参考にしているという。
「『エジソン』がバズったことによって、みんなが今どんなふうに音楽を消費しているのかをより意識するようになりました。自分でTikTokを見ながら、『このタイミングでリスナーはもうスワイプしてしまうんだな』とか『こういうフックがあるからこの曲を使ってるんだな』とか、そういったことを考えていくうちに、音楽を作る時の感覚がだいぶ変わってきた気がします」
ルーツにあるのはニューウェイヴ精神
彼が「見たり聴いたり感動したりしたもの」をヒントに、もう少しケンモチサウンドを深堀りしてみたい。今の作風からは一見想像がつきにくいが、ケンモチさんが初めて手にした楽器はギターとベースであり、当時はヴィジュアル系を愛するバンド少年だった。なかでもBUCK-TICKが特に好きだったという。
「育った時代がヴィジュアル系全盛期だったこともあり、いろんなヴィジュアル系バンドのCDを持っていました。中でもBUCK-TICKさんのアルバム『殺シノ調ベ』には、おどろおどろしい曲が入っていて。それが深夜にテスト勉強している時にスピーカーから流れてきて、怖くてしばらくCDラックに封印していたんです。でも、ある時それを克服できた瞬間があって、そうしたら全曲めちゃくちゃ良い曲に聴こえてきたんです」
「BUCK-TICKさんは、他のヴィジュアル系バンドがやらない音のアプローチやチャレンジを毎回試されていて、それが刺激的で面白いと感じていました。『BUCK-TICKの本当の良さをわかってるのは俺だけだ!』みたいなサブカル根性もあったかもしれません。BUCK-TICKさんはインタビューなどで、自分たちのルーツはニューウェイヴにあるとおっしゃっていました。ニューウェイヴの精神性には、人がやっていないことをやり、新しい解釈で自分たちの音楽に取り組んでいく姿勢があります。当時はその意味がわかっていなかったけれど、人と違うことをやるのは良いことだと、BUCK-TICKさんを聴くことで身についたのかもしれません」
BUCK-TICKをどのように聴いていたかがケンモチさんの方向性を決定づけ、その時に受け継いだニューウェイヴ精神が、「組み合わせの暴力」を得意とする稀代のトラックメイカーの誕生に寄与したのだった。
良い音とは、音のレンジが広く、しかもそれが無理せずに出ている音
さて、そんなケンモチさんが考える「良い音」とはどんなものなのか。彼の定義は明確だ。
「音のレンジが広く、しかもそれが無理せずに出ている音です。そういう音で聴く音楽は、ジャンルにかかわらず魅力が1.2割増で聴こえます。逆に、高音や低音が無理なカーブを描いて聴こえるものは、一見カッコ良くても、長時間聴くと耳が疲れてくる。特にクラシックやジャズにはそういった音は適していません」
「良い音」で聴こえるように、制作・ミックスダウン時には、さまざまな再生環境での聴こえ方をチェックする。
「最初は大きめのモニタースピーカー(ATC SCM25Pro + C1 SubMK2)で聴いて、次に小さいスピーカー(Pelonis Model42)、さらにラジカセやiPhoneのスピーカーでも確認し、普段使いしているヘッドホン(ATH-R70x)とイヤホン(Powerbeats 3)でも確認します。ボーカルがちゃんと聴こえるか、ベースが足りているか、出過ぎていないかなどを再生環境ごとにチェックしています」
この点において、ピヤホンはケンモチさんの「良い音」の定義にドンピシャでハマる音を出力するという。
「ピヤホンは上から下までものすごくきれいに出ていて、耳が疲れることもありません。特に低音の速さ、明瞭度の質感が素晴らしい。近年のダンスミュージックでは音のスピード感が重視されていて、そこがしっかり再生されないと、濁って聴こえてしまうことがあるんです。たとえば水曜日のカンパネラなら、『バッキンガム』をピヤホンで聴いてみてください。低音のスピード感がきれいに出ています。あるいは、僕が提供したfemme fataleの『鼓動』は、ボーカルの聴こえ方や付随しているリバーブの音質がめちゃくちゃきれいに聴こえます」
さらに、ピヤホンはこんな気付きももたらしてくれたという。
「IVEの『ELEVEN』は、音数が少ないのになぜか満足感があり、その理由がずっとわかりませんでした。でもピヤホンで聴いてみると、ひとつひとつの音が上から下まできれいに出ていることがわかるんです」
「それぞれの音がゴージャスに聴こえるから、音のない隙間がより気持ち良く聴こえる。なるほどだからこの曲は良いんだと納得しました。そういうことすら気づかせてくれるのがピヤホンですね」