三題噺⑭
練習をしてみる。多分やり方間違ってるよって話もある。つづけることが多分大事なので,やってみる。
※ ライトレというアプリを使ってお題を決めています。
お題:歌姫 街 液
タイトル:人樹
男は歓楽街に向かう浮かれ切った男女にもまれながら大通り沿いをふらふらと歩く。
ひしめき合って騒ぐ人間たちが道を曲がって、センスのない派手なアーチをくぐるのをぼんやり眺めながら男は真っすぐ歩き続けた。
ふらふらと歩き続けた挙句、男は広くも狭くもない道に曲がって入っていった。
その道はとてもアーチ付きの通りほどは栄えていないものの、隠れ家的なバーや老舗のスナック、スパ銭にスーパーに…といった具合で、心地よい賑わいを保っている。
男はその中の新しくも古くもない建物に入ってエレベーターのボタンを押す。3階で降りるとすぐ目の前に開かれた扉をくぐった。
男の姿をみて、カウンターで2人しかいない客の相手をしていた店主の女は「随分久しぶりだね」と声をかけた。
男は疲れ切った顔にかろうじて付いている口の端を少し上げて「仕事が繁盛しちゃっててさ」と答えた。
店主は「じゃあ今日は一番高い酒しか出さないでいいね」と笑った。
男は椅子に腰かけると一番安い酒を頼む。
店主は店の奥に声をかける。店の奥から見慣れない別の女が出てきた。
女は20代半ばだろうか、痩せでも大柄でもない体型に薄着をして、白い肌を露出していた。髪の琥珀色が薄暗い照明に照らされ、ウイスキーのような艶やかさを呈している。
女はそつなく酒を造ると、カウンター越しに男に差し出して微笑んだ。
店主が女の名前を"キヒ"と紹介して、女に男の相手をするように言った。
女は「はじめまして」と言うと微笑んだ。男も初めましてと返事をするが、会話は1つも浮かんでこない。男も初対面の女に何か楽しい話をしてやれるほど元気ではなかったし、女も何を話しだそうとするでもなかった。
店主は見かねたのか女に「歌でも歌ってやりな」と優しくいった。
女は店の端のカラオケコーナーを用意する。男は黙って見守った。
一通り用意し終わると、女は男に「なんの歌が好きですか」と問うた。
店主は笑いながら「1曲しか歌えないのに」といった。
女ははにかんでカラオケに入力をする。男はただ待った。
男は煙草に火をつけて、こんなに楽しい気分になったのは久しぶりだと思った。煙草が三分の一も燃えたころ、カラオケから音楽が流れだす。
「幸せは~歩いてこない。だ~から歩いてゆくんだね」
歌を聞いて男は少し驚いた。綺麗な声だと思っていたが、歌も随分うまい。どことなく舌足らずだが、澄んだ声に愛嬌を飾っていて良い。いつか歓楽街の店で聞いた歌姫よりも男には美しく聞こえた。
女が歌を終えると、店の中に小さな拍手が響いた。女は恥ずかしそうにカウンターに戻る。
男はちびちびと酒を飲んだ。女はコップを磨いていた。いつの間にか外の客も帰り、店主も女に店を任せ外に出て行った。
2人きりになると、女が急に話し始めた。
「今日でここ、やめるんです」
「私の話、してもいいですか」
さっきの舌っ足らずな歌声からは想像もできないほど、女は歯切れよく話し出した。
男は「お好きに」とだけ答えた。
女は「私、青木ヶ原に生える一本のヒノキの木だったんです」と話し出す。
男は黙って聞いた。女は自分の枝で首をつって死んだ女の遺言と、苦にして死んだ男の写真をみて人間にあこがれ、森にすむ魔女に死体をもとに人間にしてもらったのだという。
それで魔女にこの街までの行きかたを教えてもらって、やってきたは良いが、その男がどこにいるのかもわからない。困り果てて道に座り込んだところを店主に拾われたのだという。
しかし契約の日は今日まで。女は魔女に残りの寿命を売ったのだった。
「もう少し楽しいかと思ってたのに」
と女は笑った。男も「人間なんて楽しくないよ」と笑った。
男は顔色の悪い顔に張り付いた目を少し輝かせて「そういえば僕も今日で最後なんだ」といった。
女がきょとんとすると、男は「残りの寿命を売って、自分の身体を社会から買うのさ」といった。
女には理解のできない事であったが、男が何を言おうとしているかは理解した。
2時間後、2人は人気のない海で月明かりに照らされていた。
女は男に「私を抱きしめていてね」と言った。男は女の肌を抱き、ざぶざぶと波をかき分けていった。
男が目を覚ますと、そこは朝日の照らす波打ち際だった。腕の中には女の服の切れ端の混ざった樹液の浮き輪があった。
男は日の光を反射してきらめく鬱陶しい琥珀色のべたべたをただ見つめた。
「大丈夫ですか?」
唐突に聞こえたその声は、随分と穏やかな響きの女の声だった。