『逆転写経』「2次元の美少女」答え合わせ編
●文豪とのガチンコ・バトル開幕!
あの伝説の作品は、自分の物語とどこがどう違うのか?
あの文豪は、あの名作をどんな手順で書いたのか?
今月のテーマ“反魂術式『逆転写経』”のお題は、ある有名作家の作品を元にして作りました。
つまり、同じ題材を使って書かれた「文豪の物語」が実例としてすでに存在するのです。
参加者には文豪と腕比べをしてもらうのですが、その作家名と作品名を知る前に、まずはあなたの作品を書いてもらいます。
(※最初に↓↓の記事をお読みになると楽しめます!)
その後に「文豪の物語」を読んでいただくことになります。
自分で書いたあらすじを、同じ狙いで書かれた文豪の作品と読み比べることで、「何がどう違うのか?」を実感していただきたいと思います。
その作業によって、あなたは文豪の「物語設計プロセス」を追体験することになります。
もし、過去にその作品をすでに読んでいたとしても、その頃とは全く違うレベルの集中力で、得難い読書体験をすることになるでしょう。
●今回の実例作品発表
さて、あなたはもうあらすじを書きましたか?
気になる「文豪」とその作品の名前を発表する前に、今回のお題の中味をおさらいしておきましょう。
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▼お題:『2次元の美少女』
▼内容:必ず書いていただきたいシーン
(1)主人公は、ある場所で出会った人物に、一枚の「不思議な絵」を見せられる。
(2)そして、その絵の中の女に心を奪われた男がたどった、切なくも不気味な「恋の行く末」を聞く。
(3)最後に主人公は、その話が本当なのではないか、と思えるような「奇妙な体験」をする。
▼課題:
上記の内容に沿った400~800文字のあらすじを書いてください。
特に、物語のポイントである「不思議な絵」「恋の行く末」「奇妙な体験」については具体的に描写してください。
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それでは答え合わせの時間です。
上記の「課題あらすじ」と比較対象する実例作品は以下のとおりです。
<実例作品の著者と題名>
江戸川乱歩「押絵と旅する男」
<あらすじ>
下記のウィキペディアを参照してください。
<短編小説>
青空文庫で本編を読んでください。
それでは改めて『押絵と旅する男』(江戸川乱歩)のあらすじを400文字にまとめたものを御覧ください。
<あらすじ(400文字)>
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この400文字あらすじでは、ほぼストーリー展開のみが抽出されています。
実例作品で独特な雰囲気を醸し出している「魚津へ蜃気楼を観に行った帰りの汽車の二等車内」という舞台設定や「古臭い紳士の格好をした60歳とも40歳ともつかぬ男」のようなキャラ描写は排除されています。
そもそも肝心の「押絵細工」の説明すらありません。ましてや関東大震災で損壊した「浅草12階(凌雲閣)」という明治・大正を象徴する建築物についても言及していません。
かろうじて「双眼鏡」「汽車」という言葉にレトロな気分が漂う程度です。
ここまで徹底的に世界観やキャラクターを取り除くことで、やっとストーリーの骨組みが見えてきます。
すると、この話が学校のキャンプの肝試しで語られるような「伝統的な怪談」と同じ型を用いていることに気付かされます。
それがまさに今回のお題の<内容>に当たる基本の型です。
再掲します。
(1)主人公は、ある場所で出会った人物に、一枚の「不思議な絵」を見せられる。
(2)そして、その絵の中の女に心を奪われた男がたどった、切なくも不気味な「恋の行く末」を聞く。
(3)最後に主人公は、その話が本当なのではないか、と思えるような「奇妙な体験」をする。
簡単にまとめますと
「主人公は、ある場所で出会った人物に『怪談(都市伝説)』を聞かせられ、最後にその証拠となる怪奇現象を体験する」
という構造になっています。
●同じ構造でも千変万化
この構造の多様性は実際にあなたが体験したとおりです。実例作品『押絵と旅する男』とあなたのあらすじ作品との構造を並べてみましょう。
<『押絵と旅する男』の基礎構造>
(1)現実:
主人公は【夜行列車の二等席】で出会った【少し不気味な男】に、【まるで生きているような男女を描いた絵】を見せられる。
(2)都市伝説の伝聞:
【男の兄がまだ若い頃、双眼鏡を覗いている時に見つけた絵の中の、美しい娘を好きになり、彼女に恋焦がれた結果、同じ絵の中に入ってしまった。しかし、男は元々が寿命のある人間なので徐々に年をとって行く】という話を聞く。
(3)再び現実:
最後に主人公は【絵の中の男女が自分に微笑みかけたように見えた】という印象を抱く。
大概の都市伝説はこのような形式で語られます。
ストーリーテリングのパターンはそれほど大量にあるわけではないのです。
むしろ世の中の物語の数を考えると、基本的な型の数は恐ろしく少ないと言えるでしょう。
●最強のシナリオを見つけるポイント
そもそものベースとなったあらすじはいかにして発想され、イメージの小片はどうやって物語化されていくのでしょうか?
ポイントの一つは「誰がどんな面白いことをしたのか?」を最初に明らかにするということです。
つまり、面白い物語の核心部分の『状況設定』です。
名作映画に例をとってみましょう。
同じ状況設定なのに、それぞれ明らかにタイプが異なる映画を2つずつ挙げていますが、そこには決定的な構成の違いがあります。
どこが違うのでしょうか?
それは、『結末』です。
例えば先程の名作映画。同じような状況を描いているのに全く印象が異なる物語になる理由は結末の違いにあります。
きっとあなたも各作品からそれぞれ違う感動を得たことと思いますが、その違いを生み出しているのは『結末』です。
『結末』の差異が、同じ状況からさまざまなドラマを引き出したのです。
つまり、『状況設定』と『結末』の掛け合わせによって、書けるストーリーの選択肢を増やすことができるわけです。
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このように、面白いストーリーの最初の一歩は、非常にシンプルです。
「誰が × 何をして × どんな結末を迎えたか?」
これを決めるだけで、物語は動き始めます。
●作品への感想
さて、そんな『結末』の違いはどこから生まれるのでしょうか?
『押絵と旅する男』にはブラックながらも少しユーモラスな部分があります。
「永遠のロマンスを求めて絵の中に入り込んだ人物が、今になって少し苦しんでいる」という現実感のある展開の可笑しさ。
最後にお人形たちが微笑してご挨拶してから退場するところなどは、まるでお芝居を見た後のような清々しささえ感じます。
ファンタジーとしての由緒正しきお話の仕舞い方とでも言えばいいのか、ジブリ映画『ハウルの動く城』のラストの展開と同じ文脈を感じます。
江戸川乱歩はそういう微妙でお洒落な感覚を表現することを、最初から目論んでいたのではないかと思われます。
例えばこの「押絵と旅する男」を語り終えた場合の締めの口上はこんな感じでしょうか。
「少し奇妙で可憐な一幕の人形芝居。お楽しみいただけましたか? 束の間の白日夢で、退屈な現実を忘れられましたら幸いです」
この立ち位置こそが、洗練されたエンターテインメントが目指すべき「大人の境地」だと乱歩が言っているような気がしてなりません。
この『押絵と旅する男』の初出は1929(昭和4)年ということですから、100年近くの間、読者に読みつがれていることになります。
その人気の秘密は、曖昧な喪失が生み出す脳内補完によって読者の想像力を引き出したおかげだと思います。
怖い事件の詳細を報告するというよりも、どうやら怖いことがあったらしいよと仄めかす。
眼の前ではなく、ドアの向こうで繰り広げられる恋愛や惨劇。
名作として時間を超えて愛される怪談や都市伝説は、そういう文脈に沿った作品なのだろうと感じます。
●もう一つのメリット
「主人公は、ある場所で出会った人物に『怪談(都市伝説)』を聞かせられ、最後にその証拠となる怪奇現象を体験する」
この「怪談の型」は宮部みゆきのベストセラー『三島屋変調百物語』シリーズでも使用されている、非常に有用なパターンです。
そのコツは、最後の主人公の体験の内容が、命に関わるほど強烈ではないこと。うっすらとした違和感が漂うぐらいで充分なのです。
あくまでもポイントは、主人公がホストとして「聞き手」役を担当し、別の「語り手」がゲストとして登場するところにあります。
これで毎回、同じ主人公が、異なるゲストを迎えて物語を展開するという枠組みを作ることができます。
この構造の効能としては、短編を連作シリーズ化しやすいということが挙げられます。
作者にとっては、馴染みのキャラクターによる「常連」感を強調しながら、毎回新鮮な人物を登場させることのできる、最強の仕組みだと言えます。
しかも、一話完結の読みやすさも持っています。
つまり、読者を飽きさせず熱烈なリピーターにするスキームなのです。
機会がありましたらぜひこの技をご活用ください!
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