読者に感動を与えるために主人公が行うべき秘策とは? S⑥
主人公の成長
ぴこ蔵「さて、物語に魂を注入するとしよう。つまりテーマを明確に押さえるのじゃ」
ブンコ「えーっ? そんなこと考えてないよー」
ぴこ蔵「考えていなくとも、物語である限り自然に備わっているものじゃ。中でも【主人公の成長】を明確に描くことは読者に感動を与える大事なテーマの一つじゃ!
ただし、ここで気をつけたいことがある。成長するためには、主人公が行動することが重要なのじゃ。しかし、行動で表わすというのは実はけっこうむずかしくて、具体的に何をすればいいのか分からない。
そこで、選択すればいいのじゃ。あらかじめ、主人公が取るべき行動を二つの選択肢にしておいて、主人公に選ばせるわけじゃな。その選択肢は、テーマを表現するために主人公がしなければならない行動とは何か、を考えることによって作り出せるのじゃ。そして、この選択は二度行われなければならない」
ブンコ「へっ? 二度? どーして?」
ぴこ蔵「【最初の選択】と【第二の選択】で同じような内容の選択肢が提示され、主人公はそれぞれ違う選択をする。その時……
▼最初は未熟な思考によって誤った選択をする。
▼二回目は何事かに開眼して見事に正解を選択する。
このように、一度目と二度目との変化によって、主人公の成長を明らかにするわけなのじゃ。応用として、わざと同じ選択をすることで【成長】を見せるという、読者の予想の裏をかくひねりを効かせた高等テクニックもあるが、要はさまざまな意味での成長を具体的に例示できればよい」
ブンコ「つまり、主人公に同じようなシチュエーションで二回、次に起こす行動を選択させるわけだなー。で、一回目の選択はいつやればいいの?」
ぴこ蔵「できるだけ最初の方じゃ。オープニングでもかまわん」
ブンコ「どんな選択肢を作ればいいの?」
ぴこ蔵「主人公の性格を説明し、その未熟さを表現するために、ストレートに欲求を表わす選択をさせるのじゃ。例えば〈主人公は空腹を感じたのでパンを盗んで食べた〉みたいな」
ブンコ「それじゃあ、二回目の選択はいつやんの?」
ぴこ蔵「これはちょっと難しいぞ! 物語の後半で、どんでん返しが起こった直後じゃ。このタイミングで一回目の選択とは逆の選択をするのじゃ!」
ブンコ「逆ってつまり、食べたパンを吐き出して空腹になるってこと?」
ぴこ蔵「違うわいっ! 空腹でもパンを盗んだりしないということじゃっ!」
ブンコ「なんだ、簡単じゃん」
ぴこ蔵「そして、実はここでもうひとつ注意点があるのじゃ」
ブンコ「まだ~?」
ぴこ蔵「なぜ二回も選択する必要があると思う?」
ブンコ「だから、一回目と二回目で別の選択をすることで主人公が成長したことを伝えるんでしょ? 最初は盗んだパンにかぶりついてた奴が、大人になったんで、腹が減ってもパンを盗まなくなるわけだ」
ぴこ蔵「読者はそう感じるわけじゃが、作者は反対に考える。【第二の選択】で成長した主人公を表現するのならば、【最初の選択】は未熟者の選択でなければならん」
ブンコ「なるほど! 最初から完成された人格を持った主人公は変化しづらいけど、主人公が未熟だと成長させやすいってことだー」
ぴこ蔵「その通り! 最初、主人公は未熟であること。成長の余地を残したキャラであることが大事なのじゃ」
ブンコ「そこであんまり主人公に自分を投影しすぎないようにしないと、つい立派すぎる主人公を作っちゃうおそれがあるんだよね」
ぴこ蔵「最初から完璧に描いてしまうと、どうしても無理が来るのじゃ。成長させようとすると想像力が追いつかず絵空事になってしまう。それから、無意識というのは怖ろしいものでな、主人公が自分と一心同体になっておると、その身をまるで我がことのように心配してしまうことがある。せっかく作った、鋭いガラスの破片で覆い尽くされた床。なのに、主人公は靴底に分厚い鉄板の入ったブーツで走ったりしてしまう」
ブンコ「あうっ! だって主人公ちゃんが痛そうなんだもん……」
ぴこ蔵「毒蛇うようよの穴に落ちた主人公が、誰一人噛まれてもいないうちからさっさと火炎放射で蛇を焼き尽くす」
ブンコ「げげぶっ! だってそんなの気持ち悪すぎるんだもん……」
ぴこ蔵「じゃあ登場させるなっつーの!」
ブンコ「確かにあたしの主人公にはびっくりするほど説得力ないっすよ。厚着して、たらふく食わせて、走るのイヤだからドラゴンにまたがりますよ。ああそうさ、自分に甘いから主人公も過保護さ!」
ぴこ蔵「それでは読者が可哀想じゃ。なんで他人が楽な思いばかりする話を読まされて〈これぞ今世紀最大の冒険!〉とか言われなければならんのじゃ。読みたいのは裸足でガラスの破片の上を疾走する主人公の痛みであり、感じたいのは蛇に噛まれてふくれあがる顔面の苦しさなのじゃ。しかしお主の主人公と来たら、全然ピンチになったりしない。いつもカッコつけて説教するばかりじゃ」
ブンコ「そーいえば、主人公が悪党どもに説教するシーンをお姉ちゃんに読ませたらいつもあんたが親に言われてるセリフだってぬかしやがってさ、頭に来たからお姉ちゃんの柿の種チョコ食べてやった。ガハハ」
ぴこ蔵「何をやっとるんじゃ!」
ブンコ「そんな、ちょっと未熟な私でした」
ぴこ蔵「最後まで未熟では意味がないので、ちゃんと成長させることじゃ」
ブンコ「あたしがなかなか成長しないのはどーしてだろーね?」
主人公の成長のキッカケは「他人の指摘」が効果的
ぴこ蔵「さて、主人公はある時、一気にグーンと成長しなければならん。おぬしとその主人公がなかなか成熟しないのは、成長の仕方に説得力がないからなのじゃ!」
ブンコ「ギクッ!」
ぴこ蔵「おぬしの主人公は、自分の未熟さにあまりにも都合よく気づいてはいないか? なんのキッカケもなしに突然目覚めたりしてはいないか?」
ブンコ「そういえば、家族総出で大掃除やってる時にあたしゃ隠れてマンガ読んでてさー、〈遊んでるんだったらみんなの昼ごはん作れ〉って親に命令されたんだ。だから〈あたし料理が下手だってことに今突然気づいたから〉って断ったら、〈そんなのみんな昔から気づいとるわっ〉〈こっちは死ぬ気で食ってやると言ってるんだ〉〈ただ死ぬ前にお前の首だけは絞めさせてもらうからな〉だってさ。家族全員にツッコまれて血の涙流しましたよ」
ぴこ蔵「うひょひょ。素晴らしい経験ではないか。そもそもおぬし、小説でも、小手先のギャグで逃げようとして結局失敗するじゃろ?」
ブンコ「いくら師匠でもそんな質問には答えねーぞ!」
ぴこ蔵「主人公は自分の未熟さに自分で気づいてはならないのじゃ。だってあまりにも嘘くさいではないか! 成長のキッカケとは、まさにどこかの誰かさんみたいに、必ず誰か他人の指摘を受けることなのじゃ!」
ブンコ「耳が痛いよー、しくしく」
ぴこ蔵「それじゃ、その痛みが大事なのじゃよ! 主人公には思いっきり恥をかかせよ。ムチでしばけ。痛みを伴うことによってのみ、読者は主人公の気持ちを共有できる。同じ経験、同じ胸の痛み、同じ辛さを感じたとき、読者は主人公に共感してくれるのじゃ」
ブンコ「ある意味、主人公はダメ人間のほうがいいんだね」
ぴこ蔵「そういうこと。そして、他人からそのダメっぷりを容赦なく指摘されることこそが、成長への近道となる!」
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