金属工藝という、仕事。
話題の長楽館、イベントに参加して参りました!
「第3回 芸術祭 in CHOURAKUKAN」 こちらは2022年から毎年秋に地域貢献と芸術文化振興を目的として、明治時代に京都の実業家、村井吉兵衛が丸山公園の近くに築いたモダン建築の迎賓館『長楽館』で開催されているイベントです。館内は西洋風、中国風、和風と様々な建築様式が用いられており、明治時代の和洋折衷建築の代表例と言われています。
今年のテーマは「思いを紡ぐ」。食と芸術文化が交差する、様々なイベントが館内各所で開催される一日でした。
一日限定のイベントにしておくのがもったいないほどの密度で、1階では芸術祭限定のアフタヌーンティーや、シャンパン、クラフト生ビール、一保堂の抹茶と長楽間のアミューズや菓子とのマリアージュイベント、ピアノや、フルート、ヴァイオリンなどのミニコンサート、また、京都各所の壁画制作で有名なキーヤンこと木村英輝氏の講演会など。二階には通常のカフェ営業のほかに、かわいらしく飾り付けたフォトスポットを用意して、建物の美しさを楽しめるようになっていました。
私が今回このイベントに足を運んだ理由は、出入りしている錺匠竹影堂さんからのご案内をいただいたことと、何より、通常は非公開とされている三階部分を展示会場として公開するという話からでした。
長楽館のカフェ自体は以前にも利用したことがありましたが、三階部分というのは、階段が続いているのを見たことはあっても、立ち入り禁止の表示がありました。和洋折衷建築といいつつ、二階までの建物の中はどちらかというと洋風で、あまり和を感じさせる部分はありませんでしたので、非公開部分での展示開催というならば、「行くしかない」というわけです。
また、竹影堂さんのほかに、お兄様にあたる東風美術工芸の中村鎚舞氏の作品の展示もみられるということでしたので、とても楽しみでした。
当日はかなり蒸し暑く、四条駅前の国際色豊かな人込みを何とか潜り抜けて、八坂神社へ。せっかくなので参拝を済ませて円山公園へ。混雑と行列を覚悟していましたが、一日限定のイベントであるせいか、控えめな告知のおかげか待たされることもなく館内に入ることができました。普段から入れる二階から、靴を脱いで三階への階段を上ると、中二階正面に、ステンドグラスをはめ込んだ小窓のある茶室が。床の間や、違い棚なども備えて、畳敷きに炉が切ってある、略式とはいえきちんとした茶室が備え付けてあるとは。洋風に手すりのついた階段との不思議なギャップの面白さ。開け放たれた障子の向こうの窓から差し込む自然光に照らされて、職人の素晴らしい技術によって生み出されてきた金工芸品が並んでいました。竹影堂さんは得意な銀器の急須や、水指などの茶道具、ブローチやアクセサリーなど、いつもながら繊細で、丁寧な手仕事の優美な美しさを堪能しました。
そして竹影堂さんの作品の向かい側、床の間をはじめとした並びに展示された鎚舞さんの作品へ。東風美術工芸のショーウインドウに出ている作品のいくつか見たことがあるもの〈柿〉や、〈蝸牛〉など、また、銀製品では無く、銅や、様々な合金を使っているらしい作品が並んでいました。
それらの作品群の中で、私の目を惹きつけたのが、今回の表題の写真作品です。
作品タイトルは『練り込み香合』。え・・・?練り込み。ご存じの通り、私は以前陶磁器の専門の美術館勤務でした。その時にさんざん耳になじんできた「練り込み」という用語。重要無形文化財技術の一つとして、陶芸分野でその「練り込み」という技術の保持者の一人で最も有名なのが松井康成であり、陶芸の高度な技法の一つとして知られています。技法としては、色味の異なる陶土を重ね合わせて模様を作り出して成型、焼成するというもので、その模様の出方によって,鶉手や木目、またそのほかに最近の作家で瀬戸の若手作家水野智路氏の練り込みパンダなどが有名です。この技法の特徴としては、器の表裏の模様の出方がほぼ同じになるというもので、なぜそれが重要無形文化財技法になるかといえば、色味の異なる陶土はそれぞれ構成する成分の差異によって乾燥時、焼成時それぞれ収縮率が異なるため、均等な焼成や成型に高度な技術力を必要とするからというのが陶芸界隈の常識なのです。そう。「練り込み」というのは、陶土でやる場合でも高度な技法。
そして私が今目の前にしているのは、陶芸作品ではない。ここに並んでいるのは金属工芸品。写真で見るとわかるように、明らかに色味の異なる金属がまるで陶芸の練り込みの作品と同じであるかのように滑らかな表面を見せて模様を形成している。陶土でやる場合でも、難しい技法を、金属で。
一応断っておくが、金属というものは、粘土よりも成分の組成の違いによる性質の違いがはっきりとしています。それこそ組成が異なれば、溶ける温度も固まる温度も異なってくるものです。これだけはっきりと色味の異なる金属を、少なくとも四種類。目を凝らしてみても、それぞれの金属同士の接合に隙間などは見られない。表面はなめらかに、しかも、それぞれの金属同士は決して溶け合うこともなく、境界線はそれぞれくっきりとしている。
この作品の技法のすさまじいレベルの高さ。隣にある同じ技法で作られた花器とともに、いったいどれほどの技術力を用いて、どれほどの試行錯誤をしてこの作品一つを作り上げたのだろうかと思うと、尊敬と称賛が素直に口から出てしまった。
「…これ、すごいことしてますね。」超絶技巧展覧会などを観に行くたびに思う、工芸作家という人種の凄味。しかも今回は美術館ではなく、ケース越しではない目前での対面。非常に形状がシンプルなだけに、そこにつぎ込んだ技術力と情熱の凄味を感じさせられる。香合の直径7.5センチに込められた技術の粋。私のつぶやきに目の前にくつろいで立っていた男性がにやりと反応する。どうやら中村鎚舞さんご本人であったらしい。以前竹影堂榮眞さんとお話しさせていただいた時もそうだったが、やはり工芸作家さんというのは、きちんと作品のすごさが伝わった時には非常に無邪気に喜んでくださるのです。そこからしばらくの時間、作家本人からの作品技法レクチャーという非常に贅沢かつ工芸マニア垂涎の時間を過ごさせていただくことができました。やはり、この香合には銀、銅、黒味銅、四分一銀(銀と銅の合金)の四種が使われていること、それぞれの接合や、整形にはやはり非常な困難があり、高度な技術力が必要であることなどを制作者本人からうかがうことができたのは、非常に得難い時間となりました。お土産に非売品の図録までいただき、工芸マニア冥利に尽きる幸せな時間。今回も本来転載不可の図録から、表題の作品写真の使用許可をいただけました。まだまだ日本の工芸は、素晴らしいポテンシャルを秘めている。心底そう感じた一日でした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?