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【ショートショート】嫌いにはなれない

某配布サイトからお題を頂きました→お題:嫌いにはなれない

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「それでキミカ、相談って?」

 隣のテーブルに聞こえない位の音量で、私はそっと問いかけた。対する彼女――キミカは、少し前に運ばれてきたコーヒーには手を付けないまま、口元をもぞもぞさせている。

「彼氏のこと?」
「そ、そうなの。最近、彼の様子がおかしくて」

 続けた私の言葉に、彼女は焦るように頷いた。やっぱりか。これは分かり切っていたことだ。私はグループ内での恋愛相談役になることが多い。そして、どういう訳かこれが意外と好評なのだ。今では友達の友達にまで頼られることもある。私としては、この流れにはちょっと困っている。正直なところ、私には恋愛経験なんてないのだ。漫画で手に入れた知識を、必死でそれっぽく答えているだけ。初めは『恋愛なんて分からない』と伝えていたけど、誰に言っても受け流されてしまう。もう最近は開き直って、できる限り真摯に相談に乗ることにしているのだった。

 とにかく、彼女はそんな噂を聞いて私を呼び出したはずだ。そうじゃなきゃ、大学でも数回しか話したことのない私を突然喫茶店に誘うわけがない。大方、彼氏が浮気しているんじゃないかとか、悩みとしてはそういうところだろう。ひとまず話を聞いて、なんとかアドバイスしてみよう。

「それで、おかしいっていうのはどういう風に?」
「外に出なくなっちゃって、ずっと家にこもってるの」
「え、家に帰ってこないとかじゃなくて、その逆?」
「うん。食糧は私が買って行ったり、それでも足りないときなんかは配達を頼んだりしているらしくて。とにかく、ずっと家から出ないんだ」
「へ、へえ」

 意外な返答に、私は内心慌てた。漫画でも聞いたことのない内容だ。目線をそらし、顎を指で撫でる。私に答えられることがあるだろうか。

「えっと、彼氏って確か社会人で一人暮らしだよね。仕事は?」
「彼、プログラマーだから。在宅で働いているの」
「家で働いているなら、おかしいことじゃないんじゃない?」
「でも、休みの日にも外に出ないの。それに数日ならまだしも、ここ3か月ずっとそうだから。いつでも会いに行けるのは嬉しいけど……やっぱり、おかしいよね?キョウコはどう思う?」
「うーん。人それぞれとはいえ、それはちょっとおかしいね」

 そうよね、と彼女はグラスに視線を落とした。実は体調が悪いのを隠しているとか?外出するのが怖くなったとか?ううん、よく分からない。キミカとしては、一緒に出かけられないのは不満だろうけど、大きな問題がないのなら、しばらく様子を見てみてもいいんじゃないだろうか。

「まあでも、隠し事がない分いいんじゃない?単に出不精なだけなんでしょう」
「それはそうだけど。……あ、隠し事といえば」
「どうしたの」
「彼の家、社宅の関係で一軒家なんだけど。二階には上げてもらったことないわ」
「そうなんだ。普段使ってなくて、散らかっているからじゃない?」
「ううん。私が家に行ってインターホンを鳴らすと、彼は毎回二階から降りてくるの。私がご飯を届けても、一度は全部二階に持って行って、いくつかを置いてまた下へ降りてくるし」

 明らかに怪しい行動だ。もしかして。脳内に嫌な予感が走った私は、気持ちを落ち着かせるために、ごくりと唾を飲み込んでから口を開いた。

「それって、二階に誰かいるんじゃないの」
「えっ。でも、両親は小さい頃亡くなったらしいし、兄弟も親戚もいないって聞いたことあるわ」
「親族とは限らないじゃない。それなら、キミカに一言断っておけばいいし」

 浮気の可能性もあるが、ただ浮気相手を居候させているだけなら、少し位本人が家を離れてもいいはずだ。まさか。

「そういえば、家から出なくなって3ヶ月って言ったよね?」

 私は震える指先を抑えながら、スマートフォンで『浅根市 行方不明』と検索した。これだ。数日前に開いた覚えのある記事をタップして、画面をキミカに見せる。

「これ、まさか、違うよね?」

 見出しには『塾帰りの中学生失踪、誘拐か』と書いてある。ある女子中学生が塾から帰宅途中に行方不明になり、今現在も所在が分からないという内容だ。叫び声を聞いたという近隣住民もおり、誘拐された線が濃厚……と、ネットでは連日話題になっているらしい。キミカが目を見開く。

「この子がいなくなった日、彼が家から出なくなったのと同じ日だ」
「……な、なんて。そんなわけないか。考えすぎだよね。もしそうなら、いくら一途なキミカでも愛想尽かして嫌いになっちゃうよね。それよりも速攻、警察に届けなきゃだ。あはは」

 言い出してみたものの、そんなことある訳ないか。ぎこちなく笑う私に、キミカは答えない。十数秒経ってから、ようやく口を開いた。

「……ごめん。考え事してた。あはは、確かにね」

 そう言う彼女は、未だ一口も減っていない、コーヒーと同じ暗い瞳の色をしている。
 流石に今の私の発言は、ジョークにしても笑えなかった。彼氏をこんな風に言われたら、誰だって当然怒るよね。私は心臓がツキツキと傷んだ。

「もうこんな時間だ。キョウコ、相談に乗ってくれてありがとう」
「ごめんっ、キミカ。私、変なこと言っちゃって」
「ううん。聞いてもらえてすっきりしたわ。本当にありがとう」

 良かった。怒ってはいないみたい。何かアドバイスしなきゃって、気負い過ぎてしまった。もう少し発言には気をつけないと。

「そうだ。キョウコ、今日の夜は家にいる?」

 立ち上がりかけたキミカが、私に問いかける。

「えっと、うん。いるよ。どうして?」
「親身に相談に乗ってくれたし。お礼、改めて持っていこうと思って」
「ええ!いいよそんなの。ここのコーヒーも奢ってもらってるのに」

 私の家は大学から随分と近い。キミカ自身は来たことがないけど、共通の友達から場所を聞いたことがあるのだろう。それにしたって、わざわざ夜に家まで来てもらうなんて悪い。そう伝えても、キミカは引き下がらなかった。うーん、こんなに押しの強い子だった?

「私がそうしたいだけだから、気にしないで。ちなみに、明日は誰かと会う用事ある?」
「明日?ううん、特にはないけど」
「そっか、良かった。あ、そろそろ私、彼の家行ってくるね。もう晩御飯の時間だから。……じゃあ、後でね」
「う、うん。後で」

 そんなやりとりの後、口元に不思議な笑みを浮かべながら、キミカは店を出て行った。微笑んでいるのに、瞳がやけに暗い色に見えるのが少しだけ気になった。
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