西成ガギグゲゴ【七人の侍 回路屋】
七人の侍のひとり、回路屋が店に来たのは4年ほど前だったと思う
私は電子機器が壊れると、捨てる前に中身を開いて構造や部品を取り出してみる
修理に挑戦して、直る場合もまれにある
電子機器を開いて取り出している時に、回路屋が来て手伝ってくれた
何度か忙しい時にかぎって出入りしている人物だった
軍帽をかぶって独り言が多かった
ノイズ感が溢れていた
あまり深入りしないでおこう
そんな印象だった
話したのは初めてだった
「なにをバラしてるんですか?」
そう言いながら店に入って来た
古い蛍光灯が中に詰まった代物だった
「これは古いですね、ここだと思います」と回路屋が機器に触れた瞬間、
パッと蛍光灯が発光した
それが直った時、回路屋がおもしろいことを言った
「蛍光灯で楽器つくりますか?」
後日、蛍光灯で作った光り輝く楽器を持って来て演奏してくれた
蛍光灯の音はほとんどノイズだった
音にあわせ蛍光灯が発光していた
かなり得意気で御満悦な回路屋がそこにいた
それから回路屋は店に来るたび、新しい機械(音が鳴る物)を創作しては持ち込んでくるようになった
「はるきさん、こんなん作りましたよ」
だいたいがこの入りである
なにか修理したい物があると、回路屋と一緒に修理するようになった
回路屋は、電子工作のプロフェッショナルであった
わたしの店の近辺には、日本橋という電気街がある
東京でいう秋葉原みたいなものだろうか
そこで電子工作などのキットを発明したり、回路図を実際に基盤に起こしたりするのが回路屋の主な仕事だとわかった
ちょうど帰り道に新世界市場を通ることがあり、そこからたびたび店に寄るようになった
回路屋は発明に関しては天才肌だった
私はそのころ、ちょうど高床式ノイズ茶室というユニットを始めたばかりで、ノイズに興味があった
新しくできてくる機械が発する音と、自分の思うノイズを照らし合わせていた
そうするうち、すべて自作した機械でラジオを放送したくなり「ラヂオピカスペース」が3年前に開局した
これはかなり特殊である
当日はアンテナをピカスペースに立てるところから始まる
ピカスペースの半径だいたい30メートルくらいの範囲に来てもらって、FM85.9にあわせたらラヂオピカスペースを聞けるというわけだ
難波や梅田あたりまでならまだしも、半径30メートルってのが笑える
尺はおよそ2時間ほど、普段聞きなれたラジオ放送に則った構成である
ラヂオピカスペースは、まず最初にインターバル・シグナルが流れ出す
そのあと回路屋が歌をうたってから本放送になる
ほとんどが日本の軍歌である
そこから日々の出来事や、今の話題などをとりあげ、回路屋の好きな曲をかける
北朝鮮の音楽か日本の軍歌、西洋の古いクラシックなどをかけていく
かなり偏った世界観であるが、毎月2回、第2&第4日曜日にラヂオピカスペースは放送している
放送した内容は後日ユーチューブの方にアップされているので、興味のある方はこちらからどうぞhttps://www.youtube.com/watch?v=lKVv9X2aanI
ラヂオピカスペースは開局以来ファンがつくわけでもなく
その日たまたま居合わせたお客さんと、ラジオを通してコミュニケーションしながら進行してきた
回路屋と二人三脚でえっちらおっちら、轍があっても回避せず、はまりながら進んだ3年だった
すべての機材は回路屋が自作していた
マイクだけは、お気に入りの古いマイクを使っていた
値段は9万円前後だったと思う
回路屋の持っている古い機材は高価である
回路屋はアナログ人間であり、今のデジタルな流れにあらがい仁王立ちしてるようだ
ラヂオピカスペースは定例なので、他のイベントとかぶっても、そのままブースを小さくして放送してきた
たまたまピカスペースに通っていたオランダのTV関係者2人組が、回路屋にハマり対談を申し込んできた
フェイちゃんというアイスランドの女性だった
フェイちゃんはアニメーション作家でもあり、ラジオ放送中にプロジェクターでアニメーションを流した
ラジオなので映像は見れないのに
それをもうひとりのオランダ人男性が録画しながら、3人で対談をした
たまたま居合わせた、生まれも育ちも西成の若者が、4コマ漫画を描いていて、それを朗読しはじめた
このなんともいえない世界観がラヂオピカスペースであった
昆虫食のイベントともコラボした
昆虫食のイベントは年に数回ピカスペースで行われており、わたしも興味があるので、かなり真面目な方向で進めている
そこに昆虫食の世界では著名な先生が来られた
大学の教授、昆虫食のentomoの社長なども加わり
昆虫食の現状と未来についてのイベントがピカスペースで行われた
その時もラヂオピカスペースが放送だったので、ディスカッションが生放送された
この2回はカセットテープとCDになって、ピカスペースで販売されている
ラヂオピカスペースは放送を重ねるたびに、どんどんアップデートされていった
わたしは軽くテコ入れをするだけで、それ以外のすべてを回路屋が作り上げていった
ある時、ラヂオピカスペース放送中にアナログシンセサイザーで遊んでいたら、回路屋がアナログシンセサイザーによる多重録音のアイデアを持ち出してきた
それはおもしろいと思い、多重録音プロジェクトを2人で進めることにした数週間が経ったころ、「はるきさん、これ聞いてもらっていいですか」と言われ1枚のCDを渡された
そこには「Schizophrenia」とタイトルが書いてあった
意味を調べたら統合失調症だった
これが素晴らしかった
アナログシンセサイザーによる多重録音のためか、独特の厚みと重さ、なんとも言えない質感と曲調
即興で遊びながら作っているからか、おかしな転調を繰り返していた、宗教感もあった
回路屋は感覚タイプではなく理詰めタイプなので、友人の感覚ミュージシャンたちとはあまりにかけ離れている
そこが良かった
「はるきさん、多重録音で演奏してみたい曲があるんです」
そう言って1枚の楽譜を手渡しされた
ジョン・ケージの作品だった
回路屋はそこから6ヶ月かけてジョン・ケージの作品、
世界最長の演奏時間を持つ作品のひとつ「Organ2/ASLSP」のアナログシンセサイザー多重録音世界に入っていった
その間も月2回のラヂオピカスペースは放送されていた
3ヶ月が経とうとした時、回路屋は「Organ2/ASLSP」のアナログシンセサイザー多重録音CDを持ってきた
予定の半分程度で完成させてきた
いかにそれに時間を費やしたかが、顔から見てとれた
少し照明を落として、ゆったりめの椅子に腰かけ2人で聞いてみた
これも素晴らしいの一言しかない
これもCDにして、ジャケットは手書きだが少しこだわった
2人でたまにやっていた青写真の技術を使い、タイトルを浮かびあがらせた
説明や詳細は回路屋の手書きで、なにもかもが手作りのCDができた
カセットテープは2つ
CDも2つ制作して500円~1000円でピカスペースで販売している
回路屋には少し難しい側面があり、対話の内容が専門用語ばかりの一方通行である
4年以上付き合いのあるわたしでも、ギリシャ哲学や電子理論などの話をずーっとされるとかなりまいってしまう
一見のお客さんが興味本位で話しかけると痛手を負ってしまい、帰ってしまうケースがたびたびあった
帰り際、お客さんに「店長、あの人大丈夫ですか?」「マスターあの人やめといたほうがいいよ」
など、たびたび言われた
何度か注意しているが、4年以上経っても改善が見られないため、
回路屋の来店はラヂオピカスペースの日とそれ以外に数回と制限している
それぐらい一方通行なのである
ただ根は素直で真面目なので、ちゃんと理解してくれる
回路屋はもともとギリシャ哲学にすべての時間を割いてきたみたいだ
大学4年、院生2年、後期博士課程6年、研究生3年
15年近くをギリシャ哲学に捧げてきた
ギリシャ哲学とはプラトン、アリストテレスなどのラインである
ギリシャ哲学の業界はどんどん縮小していって、めいいっぱい時間を割いても教授の狭き門には進めなかった
30年以上前から、趣味として電子工作とカメラを続けていた
ギリシャ哲学の世界から遠ざかり、これからどうするか悩んでいた
日本橋で電子工作に必要な部品の出物を探していた時に、電気店でスタッフ募集の貼り紙を見つけた
30歳以下の募集だったが、回路屋の熱意に負けたのか年齢オーバーでも職を手に入れた
ただそこでも対人関係に問題ありとなった
接客不向きで、職が危ぶまれた
電子工作の豊富な知識と理論、技術を持っていた回路屋に目を付けた上司が
回路屋を引き抜き、会社内に電子工作専門の開発部門を立ち上げた
いまはそこが回路屋の職場になり
日々新しい電子工作のキット開発や、専門家もお手上げの案件などのフォローなどが主な仕事になっている
月2回の定例ラヂオピカスペースを通して、さまざまな副産物が生まれていった
TVピカスペース、青写真、チャンネルボコ―ダ、アナログシンセサイザー多重録音、軍歌の世界、北朝鮮&ロシア音楽、ギリシャ哲学、電子工作・・・・・・
どれもこれも到底、私ひとりでは到達できない世界である
WIN-WINの関係性だと思う
私は、新しい世界に連れて行ってもらえる
そこに発見がある
回路屋はラヂオピカスペースという、定期的に発信する完全な自己完結世界を手に入れた
日々の思考や工作の成果をお披露目できるラヂオピカスペース
「はるきさん、こんなん作りましたよ」
毎回の楽しみである
1年ほど前からラヂオピカスペースでは、シンセサイザー自作プロジェクトを行っている
アナログシンセサイザー多重録音からの派生で、アナログシンセサイザーをいちから自作するプロジェクトである
告知して参加者を募ったところ、現在7名ほどで落ち着いている
月にいちど、手書きの図面と部品表をもとに、まず回路屋の働く店舗まで参加者全員で買出しに行く
これには店舗側も驚いているようだ
基盤から小さなコンデンサなど電子部品を買い求め、
そのままピカスペースでハンダゴテを握り、各々がヘッドライトをつけ、
回路屋を講師にしてアナログシンセサイザーを作っていく
自作シンセサイザー講座は9回目になる
現在は終盤にさしかかっていて、春先には参加者全員のシンセサイザーが完成する
そこで参加者全員によるアナログシンセサイザー・ライブを非常に楽しみにしている
回路屋は古い物が好きである
理由は丈夫で長持ちするから
中古品の出物を買って、シンセサイザーを作りだす
チャンネルボコ―ダを作りだす
蛍光灯の楽器を作りだす
普通に買ったら数万円はするものを、千円程度の材料ですませてしまう
ジャンク品にふたたび出番を与える
出来上がった感動、愛着が違うみたいだ
わからなくない
もともとのMade in Japanは丈夫で長持ち
壊れたら捨てる、あらかじめ数年程度で壊れてしまう
時代の流れとはいえ、少し寂しい
大きな未来を考えてない私達と、大量生産、大量消費
回路屋は「しょせん機械のすることですから」と、たまに言う
「コノヤローなぜ動かないんだ」
「いい子だぞ」
「ご機嫌ななめですねー」
などなど、勝手な想像ではあるが、自宅で電子工作に没頭しながら呟いていそうだ
「ラヂオピカスペース」という2人でつくってきた世界は、すでに放送60回を超えている
ピカスペースの開催イベントとしては、1位の回数である
継続こそがなにかを生み出す道だと思うし、サイドストーリーがもたらす展開が本流を超えることも期待している
興味のある方はぜひ「ラヂオピカスペース」へ
回路屋の一方通行な専門用語マシンガントーク、
それは、ラヂオピカスペース通過儀礼ですのであしからず
Written by Haruki Kumagai
イマジネーションピカスペースWEB https://pikaspace.tumblr.com/