夢質屋

私が「夢質屋」を訪れたのは、30回目のオーディションに落ちた日のことだった。一見骨董品店のような出立の、古びたショーウインドウには、サッカーボール一万円、プラチナの指輪三百円など、ちぐはぐな値札が並んでいる。
「いらっしゃい」
優しく出迎えてくれた白髪の店主は、私の顔を見るなりギョッとした。理由はわかり切っている。私の顔に、左頬をすっぽり覆ってしまうほどの大きな火傷があるからだ。この傷が理由で、私はあらゆることを諦めてきた。正確に言えば、諦めざるを得なかった。
「夢を買い取ってくれるんですよね」
私が聞くと、店主は頷いた。
「夢に限らず、値打ちのあるものなら何でも」
聞いていた通りだ。私は胸を撫で下ろし、リュックサックからボイスレコーダーを取り出した。
「それが君の夢かい?」
「はい。私が預かっていただきたいのは、私の声です。これには私の歌を吹き込んであります。いろんなところに、デモテープとして送ったものです。でも」
「ダメだった?」
店主の言葉に、私は小さく頷いた。オーディションには書類審査がある。書類審査には顔写真がいる。私は顔の火傷のせいで、声を聞いてもらうことすらできなかった。
店主は私が差し出したボイスレコーダーを受け取り、そして勘定台の引き出しから値札を取り出した。私はそれをじっと見つめる。店主は少しだけ考えたあと、「三万円」と万年筆で記入した。
店内をちらりと見渡せば、ボールペンやルージュ、革靴などが瓶詰めにされて並んでいる。値札を見るに、数千円から一万円が相場らしい。私の声には確かに値打ちがあったのだと、少しだけ胸のすく思いがした。それと同時に、より一層火傷のことを憎く思った。
「では、確かに」
大口の瓶に、ボイスレコーダーが放り込まれ、蓋がきっちり閉められるのを確認したあと、店主から三万円を受け取った。ありがとうございました、と言おうとしたが、もう声は出なかった。

「火傷の方を質に入れればよかったのに」
帰っていく客の背中を見送りながら、店主は呟いた。
「結局、夢を諦める理由を探していただけだったのかもしれないね」
店主は珍しいもの好きだった。彼がはじめにぎょっとしたのは、客の顔にあった火傷がとても美しいと思ったからだった。
あの火傷を売ってくれれば三万円以上の値打ちをつけるのに、と思いながら、店主は手に入れたばかりの三万円の「夢」を大事にショーウィンドウに陳列した。


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