温泉と小鳥と日本人の趣
昼間に温泉を訪れた。
特別な理由がなくても、冬の温泉は心地良い。
露天風呂で半身浴をしながら、ぼーっと空や辺りを眺めていると、敷地内の木の枝に一羽のヒヨドリがとまっているのに気が付いた。
近くで温泉に入っている人との距離は約4メートルほど。ヒヨドリからはすぐ自分の下に裸の人間が入浴している姿が見える構図となる。
ずいぶん慣れているんだな。餌付けされているのかしら?と辺りを見渡すが、丸裸の木々や椿の垣根以外に餌台のようなものは見当たらない。
そもそも、日帰り温泉と館内利用で2700円、宿泊施設としては高価なクラスに入る温泉旅館でそのようなことをするとは思えない。
ふと、知床五湖の大ループ散策の際にアテンドしてくれたガイドさん(知床自然堂の梅林さんというとても素敵なガイドさん!)に聞いた人間をうまく利用するヒグマの話を思い出す。
繁殖期のヒグマのオスはとにかく気性が荒く、メスと交尾をするために子連れを狙い、子熊を襲うこともあるらしい。(子熊がいるうちはメスはオスとの交尾を受け入れない)
但し、オスは警戒心が強いため、人の気配のある散策路などへは近づくことが少ないそう。そこで、メスのヒグマは人間が散策に訪れる空間の近くに体を置くことで、子供と自分がオスのヒグマに出逢わないように対策をとることもあるそうだ。
もしかしたら、あのヒヨドリもカラス等の外敵から身を守るために我々人間を利用しているのではないか?更に、作務衣を着たスタッフの方がお湯の温度や成分を測りに来た時と、入浴中の方が裸で移動する時では、警戒して移動するまでの距離が後者の方が短い気がする。
それは鳥側が観察から得た経験なのか、裸とそうでない人間の動き方の違いからなのか、関係なくたまたまなのか分からないけどどうなんだろう。
そんなことを考えていると、今度はジョウビタキのオスがやってきて反対側の木の枝にとまった。そしてピリリリっと尻尾を振るわせて椿の垣根に降り立った。垣根の椿たちは、まるで冬の寒さに彩りを添えられることが誇らしいとでもいうように、見事に咲いていた。ふと、ヒヨドリもこの椿の垣根のすぐ上にとまっていたことを思い出す。
そうか、椿だ。
食べ物の少ない冬は、椿の花の蜜は野鳥たちにとってご馳走である。小鳥たちは、おそらくこの椿の蜜を啄みに来ているのだろう。
ジョウビタキが蜜を食べるところは見たことがないし、聞いたこともないが、その実か何かに誘われてきたことはおそらく間違いない。
それに気付き、日本の庭園を思った。
四季がはっきりとした日本の庭園は、常緑樹から針葉樹、落葉紅葉樹、池や草地が全体に配置されていてると感じる。庭について勉強したことがない私は、なんとなく造られた感の強い庭園は、植物をメインとした景色を楽しむためだと思っていたけれど、そこには当たり前のように生物を楽しむ目的も含まれているのだろう。
様々な昆虫が飛び交い、鳴き交わし、池で繁殖し、休息を取る姿。色とりどりの鳥たちが休んだり戯れたりする姿。こうした様子を、母屋や散歩路の隙間から見られるように設計されているのではないか。
改めて、日本人の生き物との距離の取り方や趣について考えた時間であった。
日本の花札をみていてもそんな感じがするよね。
和と洋が混じった街の海沿いの温泉で、良い時間が過ごせたなあ。