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37.3℃


粘っこい質感で、

脂肪の部分が溶け出していく。


『豚バラじゃなくて、小間肉を買っちゃったから、上手くアスパラ巻けないかも。』


『いいよ、味は同じなんだし。よく焼いてくれたら。』


仰向けになった体の上に、

3歳になったばかりの、息子を乗せてお昼寝しようものなら


夏でなくても張り付いた服がしっとり濡れてしまうくらい

熱い私の指先で


アスパラに巻かれる予定ではなかった小間肉が、

不器用に巻かれていく。



不器用。



12年前の、内定のときに、人事の担当の人に言われた言葉だ。


それまでは、どこか器用だと思っていた。


それから、意識してみると、本当に不器用だった。


不動産の仕事で必要な電卓は、なかなか叩けなかったし、


契約は同期の中で二番目に遅かった。





料理は嫌いだし苦手だった。

料理上手な母は、心配してあれこれ教えてくれたが


その頃は、不器用だと気づいてなかった。


勤務時間も、休みの日も合わない人を好きになって

家に帰って冷蔵庫を開けてね、とラインして帰ってから


8年も経つのに、オムライスは上手く巻けたことがない。


Alexaが、いつからか、毎晩9時に


【オムライスをつくる、のリマインダーです】

というように設定され、


夫の好物のオムライスを忘れないように促す。

ただ、

変わったのは、息子の言葉が器用になり


『あれっさ、けーしーて』と代わりに言うようになってくれたことぐらい。



不器用でも、

コツコツできることが自分の強みだと知った頃には、


同期の女の子たちは異動し、退職し、

後輩も後ろをついてくる子は

まだ見えなかった。



ゴールデンウィークは、私は飛び休で
夫は10連休。


家族共に何かしらの理由で
体調を壊したため、

ほとんど家にいる。



会話はいつもと同じくらい。

といっても、いつもは



『おかえり』のあと、


2.3時間後には寝てしまうから、
きっと、少ないんだろうなと思う。




最近、夫婦について考えることが多くなった。


私に似ておしゃべりな息子が
起きているうちは、なかなか話はできない。


そして、朝の早い夫のほうが早く眠ってしまう。


質なのか、量なのか。

考えていたけど、最近私なりの答えができた。



スーパーで、アスパラを見つけたとき
また肉巻きを作ろうと思った時間。


疲れているのに、息子の声が聞きたくて、


寝室へは行かずにリビングで寝ている時間。



私の真似して、毛布をかけようとして、夫の頭にかけている息子。




『パピー、まだかな』


お風呂で息子がそういう時が何回かあった。



4月から異動したので、残業のあることがあったのだ。


そんなとき、息子はよく言った。



『パピーおしごとだねぇ。はやくかえってくると、いいねぇ』


質や量や、会話の多さじゃない。


『想っている時間』


それこそが、私なりの夫婦の時間なのだと。






『ねぇ、ゴールデンウィーク始まるころ、体温計測ってたじゃない。思ったより体調悪かったの、すぐ言わなかったでしょ?』



『仕事結構忙しいみたいだったからさ』




『でも調整してよかったよ。結局何℃あったの。』



『37.3℃』



あとがきに変えて


私が20年くらい一番好きなCMです。


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