風のささやき
今日は大好きなフランスの作曲家、ミシェル・ルグランのお話しです。
1960年代、フランスの映画界には新しい風が吹いていました。ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、ジャック・ドゥミらが現れ、映画の古典に敬意を表しながらも、新しい表現手法で、時に心地よく、時に疾風の如くフランスのみならず全世界の映画界に大きな風を吹かせました。
ヌーヴェルヴァーグと呼ばれたそんなフランスの映画作家たちに愛された作曲家がミシェル・ルグランです。
ゴダールの「女と男のいる舗道」、ドゥミの「シェルブールの雨傘」などのサウンドトラックを手掛け、今なお多くの人たちに愛されています。
そのルグランが1960年代後半にアメリカに渡り手掛けたのが「華麗なる掛け」の音楽です。
「華麗なる掛け」'The Thomas Crown Affair'(1968年)
監督 ノーマン・ジュイソン
主演 スティーブ・マックイーン / フェイ・ダナウェイ
主題歌 「風のささやき」'The Windmills of Your Mind'
作曲 ミシェル・ルグラン
作詞 マリリン&アラン・バーグマン
唄 ノエル・ハリソン
この映画を初めて観たとき、リズミカルな映画の展開を引っ張って行く音楽のかっこよさにとても魅了されました。メロディアスでグルーヴィー。この音楽が世界で一番かっこいいくらいに思ってしまうほど熱狂しました。起伏のあるコード進行よりも印象的なリフを活かし、曲調はすごくシンプルです。
Round like a circle in a spiral
Like a wheel within a wheel
Never ending nor beginning
On an ever spinning reel
まわる
螺旋の環のように
車輪の中の輪のように
終わりも始まりもない
永遠に廻る糸車
映画の冒頭、名デザイナー、パブロ・フェロの手掛けたタイトルシークエンスと共に主題歌 「風のささやき」が流れます。すぐに覚えられる流麗なメロディ、なんとなく哲学的な歌詞、ちょっとぶっきらぼうな色気を感じるノエル・ハリソンの声。この数分の出来事ですっかりこの映画に恋をしてしまいます。
そこから10数分後、数分間に渡る強盗団のシークエンスがスプリットスクリーンで描かれます。ここのスプリットスクリーンと音楽を合わせたエディットはルグランが自らやったそうです。ここでこの映画に二度目の恋をします。
スティーブ・マックイーンとフェイ・ダナウェイの出会いの場面もスプリットスクリーンです。またもや恋をしてしまいます。こういう恋をしてしまう場面が、この映画の中には何回もあります。そこにはいつもルグランの音楽が響いています。
サウンドトラックのレコードに針を落とすと、まさしく「風のささやき」ように音が流れます。
ヌーヴェルヴァーグ、それに続いて起こった五月革命。1960年代、フランスに起こった大きな風が、その時代にはまだ産まれていなかった僕の価値観や考えの礎になっています。おそらく僕のレコーディングにおいての「いい音」とか「かっこいい音」とかの基準はこういうレコードが基になっているように思います。
「されどわれらが日々」。日本の激動の時代の事を語った柴田翔の小説のタイトルですが、このサウンドトラックは、時代を背負ってすくっと立っているような「されどかれらの日々」、映画をつくった彼らの「われらが日々」のモニュメントのようなアルバムです。