学ぶのはやはり大人のほうだった
渋谷Castだけでも、常に4名の未就園児が生活しているCiftですが、先月は特に「Cift子育て月間」と呼べるような期間でした。
だからといってみんなの生活がすごく変わったかと言うとそうでもなく、私はそのそうでもなさっぷりに少し感動しました。
みんな、変に気負って「やります!」「手伝います!」な感じはなく、温かく、ゆるく「できることをやる」感じ(その「できること」レベルがやたらと高い)。
朝夕のご飯も、お弁当も、お料理好きな人が担当し、仕事がフレキシブルな人が保育園の送り迎えをし、遊び相手、寝かしつけ応援など、本当に自然に介入して分担している姿に、まだまだCift新顔の私は、「この人たち、やっぱりただものではない」という思いを何度も持ちました。
先日、「みんなで子育てお疲れ様会」があり、それぞれの学びを共有したのですが、その中で私が一番心に残ったのは、約一ヶ月家族と離れ国内留学をした若きママの言葉でした。
「母親になる前の自分は、感覚を大事にして生きていた。今回ひとりの時間を取り戻し、自分が子育てに集中するあまりどれだけ感覚を大事にすること自体を忘れていたかに気づいたし、今後は子供を育てながらも以前の自分らしさも失わないでいる、そういう力を取り戻した気がする」
という主旨。ひと皮むけたというか、表情もすっきり、何かを得た人の顔になっていました。素晴らしい。このプロジェクトはママの成長が一番大きいだろうなと予想していたし、実際に彼女の変化を目の当たりにして嬉しさがこみ上げてきました。
パパの方は、
「幼児の子育ては、、、、『ひとりでは無理』。世のシングルマザーってみんなどうしているのか、その大変さに気が遠くなりそう。実感としては、やはり2歳くらいまでは子供は専属でお世話してくれる人が必要で、その後は完全に『コミュニティの子』として育っていく気がした」
という発言。彼は助けを求めることが本当に上手で、素直に「誰か助けて」と発信でき、協力を「ありがとう」と受け入れられる、すごい能力の持ち主であり、その素養は今回の「みんなで子育て月間」が無事終了した大きな理由でもあると思います。
子供はママがいなくて寂しくても、生存本能という圧倒的なドライブによってたくましく日々過ごせるもの。気づき、考え、学び、変容するのは大人の方。差し出すこと、受け入れることについて、私もたくさんの気付きをもらいました。今回のプロジェクトは、私たち全員にとって素敵な経験になったと思います。