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韓国の人気ショップデザインファイル#1:古い建物をカフェ&バーにリノベーションした「マハ ハンナム(마하한남)」
韓国のトレンドを発信する個性的なショップデザインの実例を豊富な写真で紹介する書籍『韓国発、人気ショップ100軒のデザイン』。内装や設計関連、デザイナー・イラストレーターの名称も可能な限り記載し、あまり知られていなかった、韓国〈ソウル〉の店づくりに携わるクリエイター情報が満載の価値ある1冊です。本書の刊行を記念し、インタビュー記事を無料公開いたします。
mahā hannam
마하한남|マハハンナム
建築家として活動するオーナーが自身の経験と技術をもとに、内装デザインからインテリアに至るまで繊細にコーディネートしたカフェ〈mahā hannam〉。再開発により目まぐるしい変化を遂げるソウルの一角に残されていた古い建物を独自の感性でリノベーションし、漢江が眺められるカフェ&バーとして誰もがくつろげる空間に変身させました。
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キム ・ ドンヒョン
김동현| Kim Dong Hyun
mahā建築士事務所代表。韓国交通大学建設交通学部建築学科卒業後、大手設計事務所に就職。その後、独立。韓国グローバル芸術文化財団の理事も務める。
オーナーのキム・ドンヒョンさんは、建築家を夢見る父と芸術的センスに優れた母の元で育ちました。そのせいもあってか自然と建築やデザインに興味を持ち、大学卒業後は大手設計事務所に就職しましたが「自分だけのデザインがしたい」という思いが日増しに強くなり、〈摩訶(mahā)建築士事務所〉として独立しました。続いて2023年、〈建築家の書斎〉をコンセプトに古いビルをリモデリングし〈mahā hannam〉をオープン。自身の建築専門書籍や現場で使用した資材のサンプルをインテリアに取り入れ、建築家の生活を垣間見るような面白みもあります。「設計から運営まですべて私が携わっているので、訪れるお客様がこの空間をどう感じているのかを直に知ることができ、建築家としても大きなやりがいを感じています」とドンヒョンさん。
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人々の心にいつまでも残る空間をつくることを心がけ、1980 〜 90年代の韓国で地道に手仕事をしていた職人たちを深く尊敬しています。この時代の建築物からインスピレーションを受けることも多いのだそう。ウッド&ブラックで統一された店内は一見すると近代的に感じますが、木・石・花といった自然の素材や質感をうまく組み合わせて空間をコーディネートしているので、いつまでもいたくなるような心地よさがあります。「昔から木が好きなので壁と天井を木目調にしましたが、木だけだと間延びするので、ところどころに石を取り込んで空間を引き締めました」。サンスクリット語で〈偉大、無限〉という意味を持つ〈mahā〉独自の建築スタイルで、宿泊、庭園、ギャラリーなどのブランディングも計画中です。
物件選びと内装デザイン
〈mahā hannam〉が位置するソウル・東氷庫洞(トン ビン ゴ ドン)は朝鮮時代、両班たちが主要行事で使う氷を貯蔵していた町でした。歴史の面影を感じる貴重なエリアですが、数年後にはニュータウンの建設が始まります。再開発が決まった場所が持つ時が止まったような静けさが好きなドンヒョンさんはそういった地域を散策するのが趣味で、偶然目に留まり興味を抱いたのが現在の建物でした。
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2、3F部分にあった銭湯で火災が発生し、約5年間放置されていたそうです。かつて住民たちの憩いの場として愛されていたのに、火災後は皆が顔をしかめるような存在となっていました。「でもきっとここからは漢江がきれいに見えるはず」という期待を胸に、当時、婚約者だった妻と最上階へ足を運んでみると、想像通りの絶景が広がっていました。
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一目で気に入ったものの様々な事情で決断を迷っていたドンヒョンさんの背中を押したのは妻でした。「あなたは絶対にここでお店をやるべき」と、結婚資金をオープン資金に充てようと提案してくれたのです。このエリアが再開発されたら、銭湯の跡地に建つ予定のアパートを息子に譲ろうと決めていた大家さんは貸すことをしぶりました。しかし、6カ月に及ぶ交渉を経て、無事契約が成立しました。「再開発の計画が延びればあと5年、ひょっとしたらそれ以上ここにいられるかもしれません」というドンヒョンさんの言葉に少しホッとします。できる限り長くこの場所に存在していてほしいと思える魅力的な空間だからです。
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内装デザインも、メインゾーンは漢江ビューを強調するため窓を大きく拡張したおかげで、季節ごとに異なるソウルの風景が映画のワンシーンのように広がっています。カフェの中央はゴツゴツした質感の石材を使った壁で2つに分け、中央には暖炉を設置しました。カフェの中で最も人気のあるスペースです。ソウルの夜景、暖炉の火、そしてウイスキーがあれば、時間が経つのを忘れてしまいそうです。
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また、ドンヒョンさんのメインワークである建築士の仕事を行う事務所も併設されているので、mahāのインテリアや建築スタイルに興味を持った人々とも出会うことが多く、新たな仕事につながるというメリットもあります。
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インテリアのこと
店内は銭湯を運営していた大家さんの居住空間であったことを踏まえ、同一の家具を配置するのではなく、ドンヒョンさんが自宅で使っていたデイベッドやテーブルなどを活用し、かつて家族がくつろいでいた趣が残るように工夫しました。
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また、ドンヒョンさんが好む〈バウハウス〉スタイルの特徴も表れています。〈バウハウス〉が家具を一つの家と捉えて機能に忠実なものをつくっていたように、家具を支える部分は頑丈なスチール製、肌が直接触れる部分は柔らかい素材をセレクト。カフェのメインゾーンに低めの家具を配置したのには、「家のリビングでソファーに座ってくつろいでいるような感覚で過ごしてほしい」というドンヒョンさんの思いが込められています。
店内のあちこちにさりげなく飾られた生花も粋な計らいです。ガラス瓶や陶磁器はドンヒョンさんが骨董品店で直接購入したり、陶器集めが趣味のドンヒョンさんの母親が持っているものを譲り受けたりしながら集めました。生花は〈Garden punique〉に依頼し、季節に合わせた花を飾って空間に彩りを添えています。
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ドンヒョンさんが家具の中で特にこだわっているものはイスです。たとえばメインゾーンの窓際に置かれた黒い長イスは、読書する人専用のイス。窓から差し込む光を浴びながら脚をゆったりと伸ばして読書にふけっているうち、遠い避暑地で羽を伸ばしているような錯覚を起こしてしまいそうです。
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室内を彩る絵画は、韓国の先鋭アーティストのアートポスターやオブジェをレンタルする〈プリントベーカリー〉を利用して 2 カ月ごとに新しく替え、店内全体の雰囲気にも変化を与えます。
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事務所の会議室に飾られた女性の絵は画家である母親が大学時代に描いた東洋画で、仕事の合間にこの絵を観ると、ホッと癒やされるので、机からよく見える位置に飾りました。
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会議室の入り口に、指輪が添えられた模型がありました。不思議に思ってドンヒョンさんにお聞きすると「妻にプロポーズする時、こんな家に二人で住もうって渡したんです」と、照れ臭そうに話してくれました。そういえば〈mahā hannam〉という素敵な空間も、その妻のおかげで完成したのでした。
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商品のこと
「カフェのコーヒーはすべてモカポットで丁寧に抽出し、お客様が好みの濃さに調整して飲めるようにしています」とドンヒョンさん。最もクラシックなこの方法にこだわる理由は、「蒸気圧で抽出することによって豆本来の深みが味わえる」、そして「コーヒーマシンのような騒音を出さない」から。カフェのオープン当初から変わらず持ち続けている信念〈誰もが心から休息できる空間づくり〉を守るドンヒョンさんにとって、モカポットはどこを取っても完璧な存在なのです。高級バニラシロップとエスプレッソのまろやかな調和が魅力の〈creme vanilla latte〉はこのカフェのシグニチャー。モカポットのエスプレッソを少しずつカップに注ぎ、水蒸気と液体が混ざり合う過程を眺めるのも楽しい時間です。
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生地からすべて手づくりしている〈burnt cheesecake〉は、コーヒーをよりおいしくさせるスイーツです。端正な四角いフォルムでずっしり重厚に見えますが、見た目よりもずっとさっぱりしており、酸味が効いたラズベリーピューレとの相性も抜群です。その他、口溶けの良さで人気のプレミアムティラミスブランド〈bistecca〉とコラボしたティラミスなど、洗練された空間にマッチしたドリンクやデザートが味わえます。
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日が落ちてソウルの景色が大人びた色をまとい始めると、お酒を楽しむ人々で賑わいます。金曜日と土曜日は営業時間を21 時から24 時まで延長し、お酒のみを提供する〈ウイスキーナイト〉になります。ラウンジや窓際の席でソウルの夜景を眺めながら、友人同士または恋人同士でしっとりとした格別の時間を過ごすことができます。
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カフェに入った途端、心地よい香りが鼻をくすぐります。その香りの元は入り口に置かれていた韓国のフレグランスブランド〈ENTRE D’EUX(アントルドゥ)〉の製品で、錆びた鉄、または雨に濡れた葉を思わせる香りの〈VERTE GREZ〉でした。〈mahā hannam〉の空間にぴったりの香りだということで、ぜひ置いてほしいとアプローチされたのだそう。木や自然を愛するドンヒョンさんの嗜好にマッチし、香りの空間デザインとして大きな役割を果たしています。
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(取材協力:mahā hannam)
韓国のトレンドを発信する、個性的なショップの特集です。衣食住のさまざまなショップを一堂に集めました。店の外観・内観・グラフィックツール・パッケージ・オリジナルグッズ等、ショップデザインの実例を豊富な写真で紹介します。また、内装や設計関連、デザイナー・イラストレーターの名称も可能な限り記載しています。あまり知られていなかった、韓国〈ソウル〉の店づくりに携わるクリエイター情報が満載の価値ある1冊です。
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