帝王戦振り返り〜メンタルの綾が大会に及ぼすもの〜
帝王戦二次予選では初めて中村名人との対局が叶った。練習ではなく、公式戦で教われる機会はなかなかない。目標としている岡部九段との対局も一年半ぶりに叶った。抽選で当たったのではなく自力で勝ち取った権利で、本当に嬉しい今年最後のプレゼントだった。
一次予選は4戦全勝で1位通過した。石谷九段に公式戦で初めて勝てたことは嬉しく、また苦手としていた井上五段に中盤で有利を取れたこと、永遠のライバル丸山1級の序盤作戦に対処できたこと、天敵岩野三段に苦手な白番で勝ち切れたことなど、どれも内容が充実していた。
さて、ボーナスステージである。一次予選の充実とは一転、自分の中にある脆さが顕在化した内容だった。特に大会特有のメンタルが原因となるミスが多かったので、そこを忘れないうちに書き残しておきたい。
1R 宮本五段戦
この二次予選で勝ち上がると決勝三番勝負に進む。ボーナスステージとはいえ、私は不遜にもそこを目指していた。というのも、帝王戦は中村岡部というカードがあまりにも多いことや、ここ数年A級シードが固定化していることからも、今季の井上五段のように誰か新人が風穴を開けた方が連珠界の活性化に繋がると思ったからだ。あいにく小山六段が休珠中で、井上君と私が頑張るしかない。
中山八段にも番勝負に出て欲しいと励まされていた。私の見込みは中村・岡部に1勝1分が取れれば出られるというもの。冷静に考えるとかなり無謀であるが、気概を持つことは恥じることではない。
普段は長期目標のための経験作り、という心構えで大会には臨むので、結果を直接求めるのはとても苦手なことである。私はプレッシャーに弱い。特に、こうした星勘定の際は目標としている相手には思い切ってぶつかれるが、その他の人との対局は負けたら嫌だなぁと、後ろ向きになり易い。それが一番の自分の脆さだ。
今回も、初戦が宮本五段で嫌な予感しかなかった。中村岡部に一発入れることよりも、そもそも本当に他の人に力を出せるのか?と。案の定朝から憂鬱な気持ちで、序盤早々不安が手に現れてしまった。
ここで第一感はAである。ところが後ろ向きな気持ちの私はBと攻め合われる順が心配に思えてきた。Cと中を割る方が安全かもしれない…。自分の第一感に背いて安全志向するとき、肝心な順の確認が抜け易い。Dと普通に中を割られる手を見落とし必敗となった。
三々禁の即死筋を警戒しながらの、背筋が寒い時間が続いた。ところが中盤、少しやれるかもと希望が見えてきた。即死を乗り切ったとホッとした瞬間はまた、気が緩んで読み抜けしやすい。やはり敗着が出た。死にそうな時間が長いと、いざチャンスが来たときに正確な判断がしにくい。対局あるあるだ。
2R岡部九段戦
白4を見て泣きそうになった。私は大会直前に受験勉強のように黒の5手目の候補手(五珠)の丸暗記をしていく。本番で時間を節約するためだ。しかし今回は何故かこの4だけおさらいするのを忘れていた。理由を考えると、中村岡部に互角になるために少し深いところまでやろうと他の4の予習に力を入れてしまったのと、この4は白有利が多いので殆ど打たれないだろうという先入観で抜けてたのと、まぁやはり、単純に努力不足だ。
あんなに待ち望んでいた岡部九段との対局なのに、何故ちゃんと準備してこなかったのか。自分が情けなかった。逃げずに五珠を自力で考えようと長考したものの、何故こんなところで大事な待ち時間を使っているんだと、自分を責めずにはいられなかった。
この対局はその後岡部九段に失着が出て勝ちを拾ったが、そういう意味で局後は悲しさしかなかった。(数あるチャンスボールの中でもかなり親切なボールで、自力を発揮したわけではない)
途中何とかメンタルを整えて黒7以降の最善を追求できたことは20点、ボールが回ってきたときに今度こそ腰を下ろして勝ちを読み切れたことは10点。計30点は取れた。次がいつになるかわからないが、もしまた対局できたらもっと頑張りたい。
岡部さんとしては、間違った五珠を最短で咎めなくてはというバイアスが微妙に作用して読み抜けが起こったのだと思う。大会は棋力以外のさまざまな要素が絡んでくるのを実感した。ちゃんと結果を出すことがいかに大変なことか。
3R石谷九段戦
この局はさっきと逆に石谷さんが見慣れない五珠をいくつか置いてきた。しかし私は容易ではないと自覚しながら進めていた。これは普通の連珠だと。連珠の声に耳を傾けることを怠ると、形勢を良くすることはできないぞと。かなり謙虚に打てたと思う。
謙虚になれたのは、石谷さんの強さを受け入れることができるようになったからというのが大きい。以前はとても怖い、当たったら嫌だな、という存在だった。それは自分が連珠のことをよくわかってなくて、石谷さんの強さがどこにあるかわからず、ただ記号的な強豪として捉えていたからだと思う。
石谷さんの手が本筋で良い手が多いことにある時から気づくようになった。そうなると、この人強いんだ、学ぶことがある、どんな良い手が来るかな?吸収したい、自分の力を試したい、と前向きになることができた。石谷さんは今当たるのが楽しみな人の一人で、そう思えるようになってから勝てるようになった。
しかし形勢が良くなることはあまりない。たまたま失着を見逃さず拾っただけ。石谷さん相手に優勢を作ることは当面の目標だ。
4R中村名人戦
明星を提示され、またもや自分を呪った。何故具体的な対策をしてこなかったんだと。明星は予想できたのに、私はこの1ヶ月二題打ち時代?の何十年も前の中村さんの棋譜を並べることを重点的にやっていた。中村連珠とは何か、みたいな高尚すぎることをテーマにして、目の前の対策を忘れていた。
11までは互いの連を止めて止めてという普通の進行なのに、ここではたと白の形勢が最悪なことに気づいた。12で連を止めているようでは、Aと好点に打たれ、Bと防がせてる間に広大な右辺に先着されてしまう。白には何の主張も無い。
とても考えた。Aに打ちたい。しかし見たことがない手だ。こんな手あるのかな。でもどう目をこらしても、他に主張する手がない。自分を信じてこの局はこれに心中するつもりで打った。
中村さんの顔を見ると難しそうに真剣に考えている。難所はクリアしたんだと感じた。しかし、直後の数手が甘く粘りを欠いた。当たり前だが連珠は難しい局面が続くことがある。自分は難所をクリアした直後にスタミナ切れし、次の難所での集中を欠くことがわかった。
局後中村さんから「流石でしたね。盤上この一手」と言われた。今日は来た甲斐があった。感覚が間違ってなくて本当に嬉しい。そして時間を使えば自分でも勝負所が掴めるという自信になった。
5R井上五段戦
井上さんは棋歴は向こうの方が遥かに長いが、たまたま初段〜二段時代が重なり同期的な絆を感じている。層が薄い低段を盛り上げて一緒に頑張りたいと思える存在で、向こうが先を走ってくれてるのも励みになっている。というより、先を行ってくれたお陰で井上君の強さを受け入れられ、前向きにぶつかれるようになれた。
珍しく疎星の白盤で優勢になり、手番が来た。私はついフラフラとAに三を引いてしまった。左側に剣先が三本残り、下に止められたら何か寄せがあるだろうと、読み切らないままやってしまったのだ。
実際に下に止められて、勝ちがなかなかわからない。ならば局面を左辺に限定させてしまう三引きは悪手だった。ここはBと含みを持たせながら勢力を増やしておくのが本筋で、中村茂ならこう打ったろう。中村さんは当たり前の手を、ちゃんと当たり前に打つ人だ。そんな中村連珠に憧れている。この対局は中村茂になりたかった。自分がなれなかったことにがっかりして局後は泣いてしまった。
こうして見ると色々な感情があった二次予選だった。自分の至らないところも、成長できたところも、盛り沢山あった。女流棋士時代以来久しぶりに自分の不甲斐なさに泣いたけれど、こんなに燃焼できるものに出会えたのは幸福なことだ。
中山八段からは私が思ってるよりも内容は悪くない、と言われた。私の見方とは温度差があった。やはりWT以来かなり理想が高くなってしまったのだと思う。李小青、汪清清と戦うにはどうしたらいいのか、途方にくれてるのだ。彼女達といい勝負をするには、日本のA級シードと渡り合えるぐらいにならないと厳しいと感じている。理想が高いのは良いことだが、反面自分を追い詰めすぎても良くない。背伸びしすぎず楽しく続けることも来年以降の課題としたい。
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