見出し画像

連珠をやる原動力

さっきふと、連珠の初心者の頃のことを色々思い返していて、岡部さんと初めて会った時のことを思い出した。2016年2月、いっぷくをオープンする4ヶ月ほど前に神戸で行われたゲームマーケットで、いっぷくをのちに手伝ってくれる、徳島で囲碁の普及活動していた女性が引き合わせてくれた。ゲムマ終了後に連珠グループと打ち上げをセッティングしてくれて、飯尾八段、福井六段、そして岡部九段とその時初めてお食事した。

画像1

(この時七盤の申し子とシルバーウルフがどうぶつしょうぎトーナメントに出てて、七盤のナポレオンが観戦していたという構図があり、七盤の覇者もインストラクターしていた笑)

打ち上げでは今と変わらない自虐的だったりちょっと誇らしげだったりする岡部九段の姿があった。将棋界にいる人たちみたいだなあという第一印象だった。飯尾先生たちも皆んな、芯はあるけどどこか優しくて柔らかい、朴訥な、将棋界の人のような少年ぽさがあり、とても親しみやすかった。

帰りに神戸空港へ向かう電車の中で、たまたま九段と一緒になった。岡部さんはさっきまでとは全然違う疲れきった表情で、なんの構えもなく、唐突に「こうやってゲームマーケットに出た後で連珠会に来た人はまだ一人もいないんですよね…」とボソッと呟いた。え、なんでそんな弱いところ初対面の人に見せるんだろう?さっきまで強がってたのに?と驚いた。

自分も普及することの難しさを知ってたし、この時のギャップがとても印象的で、連珠や連珠棋士に急に興味を持つようになった。

以来、何かあるとあの日の岡部先生が喜んでくれないかな?と思うようになった。例えば連珠をやる人を増やしたり、イベントをしたり、わたしが連珠やったら喜んでくれないかな?と……。そのくらいあの日の九段は元気がなかったのだ。

当初はそれが原動力の一部だったが、自分自身が本当に連珠が好きになって、人のために、ということは段々薄れていった。決定的にあの日の岡部さんと決裂したのは、エストニアの世界選手権に行ったとき。色々な戦いを経て、美しく尊い他国の女性選手を見て、次の世界選手権は自分自身のために連珠をやろうと心から思うことができた。それまでは女性で出場する人がいないから、連珠界のお役に立って喜んでもらいたい、というヨコシマな気持ちがどこかにあったのだ。つまり、人に喜んでもらうことで自分の承認欲求を満たそうと卑怯なことを考えてたのだ。この呪縛から解かれたのは、とてもよかったと思う。

岡部さんはとうとう、名人戦の二次予選を勝ち上がっても喜んではくれなかった。あの電車の中でどうぶつしょうぎの大盤を抱えて、岡部さんの愚痴を茫然と聞いてたオバちゃんが、A級棋士になったのに。でもわたしも、喜んでもらわなくてももう何とも思わない。

ただ今までで一度だけとても嬉しいことを言ってくれたことがある。帝王戦で岡部さんがなぜか私にフクミ手を自動的に打たせてくれるミスをした局があり、終局後すぐに「もっとちゃんと負けなくてはならなかったのに…すみません」と言ってたのだ。私が少なからず頑張ってたから、こんなミスの局面で負けてはならなくて、ちゃんと壁にならなくてはという意味に私は受け取った。わたしが望んでたのはこんな勝ち方ではないということを、ちゃんと分かってくれてたのだと思う。

今回はどのような対話ができるだろうか。正直言って、あまりにも足りなく、未熟すぎて、対話にならないのではないかという恐怖しかない。岡部さんを例に挙げたが、玉田さんにだって中山にだって、みんなにこれとは違った意味で尊敬や敬愛があり、彼らの連珠観を知りたくて、またそのために対話をしたくて私はやっている。今回は何人と対話できるだろうか。何も応えられなくてがっかりさせてしまわないだろうか。すぐに対話できなくても、見捨てないで欲しい。いつか彼らの考えてることを理解して、それを輝かせるように一番良い手で応えたい。それがわたしの願いだ。彼らが喜んで私が嬉しくなるような薄っぺらな対話ではなく、ただ対等に向き合って受け止めて、投げかける。そういうことがしたい。

明日から西焼津入りする。未熟な私だがよろしくお願いします。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?