見出し画像

それがいい自己満足 - 最近何をしたか 12/24-1/3

新年と地震

年が明け、元日から大地震が起きた。能登という場所は私の住む地域からは遠いが、現在過ごしている地域が同じ日本海に面していて今回津波注意報も出たこともあり、津波という未知の事柄に少し身構える。それと同時に震源地とそこに近い人たちのことを思ってしまう。同様の地震を経験したことがあるが、初期微動を感じて建付けのいい場所に移動しようと数歩歩いたところで主要動になり、部屋の出口の開けたドアの枠の左右を持って立っていることしかできなったかった。動けないのだ。ひとフロアに三戸しかなく鉛筆のように細い十階建て鉄筋コンクリートのマンションの七階だったからなのか、とても揺れを感じ部屋の中は無茶苦茶になった。

エレベータは止まり、外に出るために七回まで階段を降り、帰ってくるために上る。いつも行っていた歩いて一分もないコンビニも無茶苦茶とまではいかないまでも一見で壊滅的な状況だったようだと分かった。私はすぐに外に出たわけではないので、ある程度時間が経ってその状態ということを推し量れば、顔見知りの店員のおじさんも苦笑いの内容も地震直後のことを察するに十分だった。そして私にしては珍しく少し他人と、その店員さんと会話をした。今になって思えばそのときに不安だったのだろうか、とも思う。

こころ

主要な地震が終わった後も、大きな余震も小さな余震も続き、感覚がおかしくなっていくような気がした。そしてそれはだんだん少なくなり、いつのまにか身のまわりの風景も日常に戻っていた。しかし日々、急に揺れている感覚に陥ったり、不安になったりと、大げさかもしれないがPTSDのようになってしまった。そのときはそれがなにかは分からずに随分続いたが、今になってもPTSDのようなものかは分からない。以前知り合いと話したらPTSD舐めるなみたいに指摘されたので、そうではない単なる人間の弱さなのかもしれない。だが、そういうことは誰にでも起こりうると思う。

印象的だったのは、それから随分後にそのマンションから引っ越した時だった。マンションの一部が割れていた。そこに家具を置いていたので分からなかったのだが、ひびというか、一部が欠けているというか、割れているように見えた。そのひびがあったり欠けたり割れたりした部分を思い出すと、よく分からないが失ったものの投影のような気がしてしまう。そういう失ったなにかをある程度の時間引きずっていた。こう書いていてもただの弱さ、情けない人間だとも思う事実か。

それがいい自己満足

今回地震に直面した人々はこれから何が起こるのだろう。私には見当もつかないし知ろうともしない、そして分かるとも思えない。ただ自分にはなにができるのか。そう思う。何もできないだろうが、少しだけでもなにかをしたい。先にある個人の顔は見えなくても起きた事象は明らかだ。東日本大震災の時も同じだった。わたしの微力が役に立ったとは思えない。しかし、こういう問題にはそれら微力の集まりに意味があるのだろうし必要なのだろうと思う。そしてそれは自己満足だろうか。そうだ、単なる自己満足だ。だがそれでもいいし、それがいい。


傍観者

分刻みで変わってゆく、心臓は動いていて空に広がる粒子は空間に広がり消えていった。風とともに移動している雲、川は流れ続けていて、そのすべてが私を落ち着かせる。あるいは、私を私という形の中に嵌めてしまうのだ。そうなると自分では動けずに、ただの傍観者。短くともはるかなる時間の展開、刹那が永遠に変わる瞬間、見えてくる。


急な出会い

オルタナロック、昭和歌謡、チップチューン、パンクロック。どんな曲も好きなんだ。得手不得手もあるのだけど結局は出会いだろう。曲がり角を曲がってびっくりしたり、空から降ってきて手を広げたり、頭の中でタイムトラベルをして触れたりする。苦しみも楽しさも喜びも同じようなもの、いつもここにあるつもりが、ふとした瞬間、急に出会ってしまう。


冬眠

長い旅をして着いた先は赤い歪な浮かぶものにモザイクのかかった地、たれているのは蜜かヘドロか。寒い場所、蜜は固まってるだろう、という声が蘇る。寒いからこそ裸になる必要があり、そのまま意識は遠のいてゼロに近づく代謝のメカニズム。覚醒するにはなにが必要か。こころを灯したい、この寒さだからこそなのだろう。



いいなと思ったら応援しよう!