地中海の空の下へ
私が育ったのは海まで車で15分くらいの、あまり大きくない街。
日本最古の海水浴場と言われる場所までも、それほど遠くありません。
免許がなかった母は、夏になるとよく電車で私を海に連れて行ってくれました。
今でこそ人工ビーチが造られ、遠方からも多くの人が訪れますが、当時はひなびた海岸でした。
駅前の公園には飛行機型のジャングルジムがあって、いつもそこで遊んで帰りました。
物心ついた時から、身近な存在だった海。
将来暮らすのは、海のそばがいい‼
漠然と、でもずっと、そんな風に考えていました。
海辺の街へ
イベリア半島の3/4を占めるスペイン、半島とはいっても日本のように縦長ではなく、中央部には高い山が連なっています。
東は地中海、西は大西洋、北部はビスケー湾という海に面した国で、海産物も豊富です。
日本ほどではないけれど、地域によって気候はかなり異なります。
私が地中海沿岸の街にやって来たのは20年ほど前のこと。
荒々しい大西洋と違って地中海は静かで波が少なく、サーフィンにはあまり適していません。
日本のような磯の香りもありません。
そして一年を通じて雨は少なく、冬でも穏やかな日が続きます。
風のない休日には、ビーチで本を読んだり散歩したりと、思い思いの休みを過ごす人の姿が見られます。
海を制するものは国を制する
日本史上もヨーロッパ史上も同じですが、海の制覇権を手に入れるのは国の発展に繋がります。
紀元前には半島の東側がローマ帝国の属州となり、人口100万人という大きな街が出現しました。
中世に入ると半島内ではいくつかの小国が興亡を繰り返しながら貿易航路を確保するため、東に進出しました。
地中海にはマヨルカ、シチリアなどの強国が存在していて、それらの国を従えれば、さらに東のナポリなどとも交易経路を開くことができます。
そこで沿岸部の丘陵地には、要塞の役目を果たすお城も築かれるようになりました。
画家の聖地
近代に入るとのんびりした空気と暖かな気候のおかげで、海岸沿いの村にはブルジョア階級の別荘が建つところがでてきました。
バルセロナから車で40分ほどの街シッチェスは、海のすぐ横にある教会を囲むようにして白壁の家々が建ち並ぶ、典型的な海辺の街です。
眩しい陽の光に照らされた街は、訪れる人を魅了します。
20世紀初頭に活躍したスペイン画家、サンティアゴ・ルシニョールが漁師の家を買い取って生活していたことでも知られています。
ここには今でも画家の卵が数多く住んでいるそうです。

フランス国境まで2時間弱の海岸線に位置するトッサデマルは、中世の面影を残す城壁に囲まれた街です。
高台に築かれた要塞は、海賊を見張るためのものとして何度か修復を重ね、14世紀に完成しました。
この辺りからフランス南部にかけての海沿いは入り江が多く、人目につきにくいことから、海賊たちにとっては絶好の隠れ場所だったと言われています。
20世紀初めにフランスで活躍した画家シャガールは、ここでふた夏過ごしています。

またトッサデマルから海岸線を北に進んだ、フランス国境まで30分ほどのカダケスという漁村には、サルバドール・ダリが愛妻ガラと暮らした「たまごの家」が建っています。
ダリの絵にもたびたび登場するここは、ひと山超えないと隣街に行けない不便な場所で、21世紀に入った今でも100年前と変わらぬ面影を留めています。
最後に
毎年夏に母と行った海は、少し濁っていて砂浜には貝殻がたくさん落ちていました。
抜けるような青空を水面に映す地中海とは比較できませんが、遠くに広がる水平線を見るたび、少し色褪せた昭和の風景が脳裏に浮かんでは消えていきます…