青春時代 第10話
合宿半ば。
体育館での練習中。
突然H先輩が俺を呼び出した。
「おーい、ピコー。ちょっとこっちへこーい」
「はーい、なんすかー」
よく見ると先輩の隣には彼女も立っている。
近くへ来ると、先輩が説明を始めた。
「脚本では、最後のところで、誘拐犯のリーダーはヒロインを好きであるがために、厄介ごとに巻き込みたくなく、別れる決断をするという流れになっている。その「好きである」という部分を表現するのに、彼女を抱きしめるってのはどうだ?」
思考がショートした俺は3秒ほど経ってから聞き返した。
「えっ?!」
すると彼女が、言い忘れた様に答える。
「あ、私は全然気にしないから、大丈夫」
いやいやいや、まてまてまて、そっちが気にしなくてもこっちとしては大問題なわけで。
大好きな女の子を役の上だからと言っても、いきなり、だ、だ、抱きしめるなんて、む、無理な…
H先輩が空気も読まずに容赦なくカットを入れて来る。
「じゃあ、軽く一度試してみようか。別れのシーンから。はい、始め!」
じゃ、じゃあ、ピタッと…。
「ダメダメ!!本気出してんの!!?やり直し!はい、次行くよ!始め!」
うぐぐ…。じゃあ、ちょっと失礼してプチギュっと。
「うーん、なんか不自然だなー」
そりゃ当たり前ですがな!!大好きな女の子をいきなり思いっきり抱きしめろって言われても、そうそう簡単には出来ませんがな!!
「じゃあ、もう一度!始め!」
えーい、しょうがない、ここは思い切ってギュっと…。うわー!クソ恥ずかしい!!これでいいの?!どうなの!彼女の顔見えないし、わかんねー!!
「いまいちだなー。やっぱこの線は無しにすっかー」
なんだか複雑な気分の俺であった。