短編小説(589文字) | 見晴らし
「こんなところにいたら、美雨が連れ去られちゃよ。ここから早く離れたい。すごい邪気を感じるから」
実奈に言われて、僕は躊躇した。折角、彼女にここから見える絶景を楽しんでもらおうと、何時間も運転してきたのだから。
「いい景色だと思わないかい?ほら、見てごらん。あんなに太陽が大きくきれいに見えるでしょ?」
僕はもう少しここにいたかった。
「とてもきれいよ。だから、ここにいたらダメなの。感じない?ここにいる子どもたちの声が?」
実奈は霊感が強い。霊感なんて僕は信じていないけど。
「僕はもう少しここにいたい。なかなかすぐには来られないところだから」
「だったら佑樹はここにいていいよ。私はひとりで山をおりるから。じゃあ、さようなら」
僕は慌てた。
「待って!帰るって、歩いて山をおりるつもりかい?」
「だって、佑樹は私の切羽詰まった気持ちを全く理解しようとしないから。美雨が連れ去られてもいいの?」
母親と父親とではやはり、子どもとの心と体の結び付きかたが全く違う。
僕だって、実奈が流産したことを残念に思った。しかし、子どもなんて、また作ればいい、と思っていた。私には、水子に名前をつけるなんて、発想すらなかった。
美雨は、実奈が3年前に流産した子どもにつけた名前である。性別は不明だったが、お腹の子は絶対に女の子だと。
あとになって、この山の周辺に、水子供養のお寺があることを知った。
おしまい
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記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします