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小説 | 夕焼けを眺めながら
「あぁ、今日も終わったな」
夕焼けを見るたびに、気持ちに一区切りがついたように思える。
悩み事なんて外から見えるものではない。自分ではなんとも思っていないのに「大丈夫だよ、気にしなくていいんだよ」なんて繰り返し何人もの人から言われると、「気にしなくちゃいけないのかな」と思えてくる。
何度も言葉がブンブンと頭の中を飛び交ううちに、やりきれない気持ちに包まれてくる。
もしも僕がいっさいの言葉を持たない存在だとしたら、悩み事なんて何も持ちつづけることはないだろう。
悩み事とは、終わったことが言語化されて、頭の中に固定されることから生まれるものに過ぎない。言葉をすべて払拭してしまえば、すべて無化されていくものだ。
けれども、頭を空っぽにしてボーッとすることは簡単なことではない。忘れよう、忘れようとするほど、言葉の存在が強化されてしまうのだ。
嫌なことを忘れたいなら、夕焼けをしばらく眺めていればいい。小さい頃から経験したことだ。夕焼けを見ていると「夕焼けを見ているんだ」という意識さえ飛んでいる。言葉をなくした存在だけがそれを眺めている。いや、私という存在さえも意識されない瞬間がある。「きれいだな」という気持ちも言語化されていない。精神衛生上、夕焼けを見ることは良いことなのだろう。頭の中が美しいものだけで満たされているのだから。
けれども、夕焼けを見て落ち着く時間は「夕焼けがきれいだな」と言語化された瞬間に終わる。もう帰ろうかな、という気持ちに支配された瞬間に終わる。
夕焼けを見た瞬間から「夕焼けがきれいだな」と思う前までの、ほんのわずかな時間だけ、理想的な心地よさが私を包む。
記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします