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短編 | 夜風に吹かれて
秋の夕暮れ。やうやう短くなりゆく昼の時間。太陽とともに、物思いに沈む。
1日を振り返る時。今日の出来事が言葉という結晶になりゆく。
結晶化した言葉を氷解させるのは夕焼け。やうやう融けゆく。無化されてゆく。
言葉が消えゆき、脳が空になる。無になる。私という主語が消え、ただ「見える」「聞こえる」だけの存在となりゆく。
手かせ、足かせとなっていたのは、自らが構築した言葉。夕焼けの前で崩壊する。夜の暗闇が私を照らし始める。
ひゅー、ひゅー、と心に隙間風が吹き抜ける。
「お前の心から言葉が消え失せたかい?寒いだろうけど、だいぶクリアになったでしょ?」
風がささやいた。
「そろそろ、帰るべきところへ帰りなさいよ」
風の声がけしかける。
「誰がどこに帰るの?」と呟いた。辺りに「私」が再燃し始めた。
風の声は夜からの手紙。消えた私に私に戻れと伝える手紙。
さよなら。今日の私。
さようなら。言葉のない私。
さよなら。今日までの私。
(410字)
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