短編 | 馥郁たる香りは一陣の風のように。
部屋に入ると瀰漫した馥郁たる苺の香りが私を出迎えた。あの女が私の不在中に部屋に忍び込み、須臾にして立ち去ったのだろう。束の間の外出さえ、監視されていると思うと戦慄がはしった。
「私はあの人の元へは行っていません」
刑事の取り調べに対して、女は全面的に否認した。
「もうお別れした方です。何の未練もありません。苺の香りだけを証拠に私が潜入したことにされて迷惑です」
「ですが、男性はこの香りはあなたの香水の匂いに間違いないと主張されています。鑑定で詳しく調べたところ、男性の部屋に残されていた香水の成分とあなたの所有する香水の成分は、完全に一致しましたよ」
「それは、あの方とのお別れのとき、あの方にせがまれて私がプレゼントした香水でしょう。彼は私に未練を残しているのでしょうね」
明くる日、私は男の自宅へ事情を探りに行った。
「あ、刑事さん。あの女は私の部屋に来たことを認めましたか?」
「あなた、なぜあの女性が留守中に部屋に来たなんて嘘を言ったんです?」
「嘘じゃない!この馥郁たる香りは、あの女そのものなんです」
「あなた、もうストーカーはおやめなさい。あの女性宅の近辺の防犯カメラに、毎晩徘徊するあなたの姿が確認されました。あなたには空気が必要です。余計なお世話ですが、窓を開けさせてもらいますよ」
刑事が男の部屋の窓を開けた。
すると、馥郁たる香りは一陣の風とともに部屋をすり付け、二度と戻ることはなかった。
(おしまい)
#未練
#短編小説
#香水
#イチゴ
#馥郁たる香り
#一陣の風
#一陣の風のように
#青ブラ文学部
いいなと思ったら応援しよう!
記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします