あるいは過去の学校だったなら
担任の東谷先生による総合学習の課題は『過去の学校について調べ発表せよ』と言うものだった。公開ストレージにいくつかの資料が入っていたのでコピー&ペーストでやっつけるだけなら簡単な課題だ。優秀な成績を狙う子達なら自分で新たな資料を探し現代との比較なんかで考察でもするところだろう。でも私にはそんな意味のないことに費やす時間もやる気もなかった。
予約された時刻に前後して生徒が集まると簡単な指示だけが与えられプレゼンが始まった。発表は出席番号順に滞りなく進んでいき角谷さんの番が来た。基礎資料だけで出来たスライドをたどたどしく読み上げる彼女の瘦せた顔が映る。私と同じで禄に準備も発表の練習もしてこなかったのだろう。今までの集団受講の時も私と彼女だけはそうだった。進学や就職と言った未来なんて考えてないんだろう。そうしてスライドと彼女の顔が映るウィンドウの浮かんだディスプレイを見ながらプレゼンをぼんやりと聞き流していると、発表の終わりがけ、彼女が何度目かにつっかえた時ヘッドホンから男の怒声が響いてきた。
「マリ!いつまでタブレットの前でごちゃごちゃとやっとるんだ!さっさと俺に飯を作れ!」
部外者の声が入った瞬間、角谷さんの表情と私の心臓が凍り付いた。おそらくは角谷さんの父の声だった。止まっていた息が吐き出され心臓がバクバクと動き出すと同時に、画面の向こうの角谷さんの固まっていた表情も崩れ…ブツン!とカメラとマイクの接続が切られた。長い数秒の沈黙と真っ暗な画面が続き東谷先生の曖昧な笑顔がポップする。
「角谷さんには後でお話を聞いた後、改めて先生が発表を聞いて成績を付けたいと思います。皆さんの授業を続けましょう。次は工藤さん、お願いします」
酷く事務的で冷静な口調と対応だった。おそらく先生にはこのような事例も珍しくはないのだろう。教師は家庭のことにそう口は出さない。仕事量が増えても給料や査定は変わらないしやり方を誤れば批判を浴びるだけだ。
工藤さんの綺麗なスライドが画面に出ると先生のマイクはミュートされ前と変わらない授業風景が戻る。発表は次々と進み自分の番が来ると私も少し動揺はしていたものの最低限の内容のプレゼンを最低限のクオリティで済ませて、その後は最後の1人までトラブルはなく授業は終わった。
「皆さんの調査発表大変良かったと思います。一人一人のフィードバックはまたメールするのでボックスに注意しておいてくださいね。それでは来週はいよいよ博物館実習です。しおりをストレージに公開しておいたのでしっかり読んでおいてくださいね。先生は2か月ぶりに皆さんに会えるのを楽しみにしています」
最後に先生がSHRだけを済まし教室は解散になった。とっとと退出した私はヘッドホンを外してPCの電源を切り軽く伸びをする。退屈な授業だった。昔の学校のことなんて明日には全部忘れているだろう。それでも角谷さんの顔だけは記憶から消せそうになかった。来週彼女は遠足に来るだろうか。
誰かが話していた。昔の生徒は学校まで物理的に通っていたらしい。長い子は片道2時間もかけていたそうだ。学校ごとに・科目ごとに違う先生がやって来て皆に向けて一律で授業をする。黒板に資料を手書きしては消し生徒はそれを写す。プリントを配りノートで課題を提出する。非効率極まりない時代。今の中学生のカリキュラムまで到達するのに2倍の時間をかけていたそうだ。教室ではいじめが問題になっていて人と違う子は暴力や窃盗の被害を受け最後には自死を選ぶこともあったらしい。今や私達は安全で先進的な教育を受けられるようになった、発表の多くはそう締めくくられていた。
「サキ!学校は終わった時間だろう!なんの役にも仕事にもならねぇもんに時間をかけてんじゃねぇ!早くこっちに来て仕事を手伝え!客が来てるんだ!」
父さんの呼ぶ声に椅子から飛び上がった私は慌てて部屋を出た。来週は遠足だとあの人は覚えているだろうか。行かせてくれるだろうか。行ったら彼女と会って話すことが出来るだろうか。
昔の生徒は教室で友達を作ったらしい。学校への行き帰りで無駄話をし、授業も聞かずにノートの落書きを見せ合ったらしい。私達が生まれる時代がほんの少し違ったら…角谷さんと私はそんな関係になっていただろうか。二人とも教室でいじめられていただろうか。分からない。それでも…あるいは過去の学校だったなら、家にも教室にも居場所を見つけられなくても二人で学校をサボったり下校に時間をかけて行き場もなくうろついたり…そんな時間を過ごせていたのかもしれない。あるいは過去の学校だったなら、私達は。
『未来の学校』をテーマにしたSF小説のコンテストに出そうかと思って書いたけど大学院の出願と被って出せなかった奴です。コロナ禍中に『学校もまた変わることを余儀なくされるけど教室に集まって勉強することの価値もあるよな…』とか考えてました。しかし上手く纏まりませんね。給食による栄養の保証は入れ込む余地がなかった。あといくらなんでも他人の誕生日に贈る小説じゃねぇ!!