ロボット・ドリームズそして、ゴンドラ。
2024年の師走初めと大晦日に、
アニメーションと実写の映画をそれぞれ観た。
ロボット・ドリームズは一泊温泉旅行の帰路途中、長野県の権堂アーケード街に在るロキシーという場所で、ゴンドラは大晦日、パートナーの店で雑用を済ませた後、関越に乗って群馬県の高崎駅近辺にあるシネマテークたかさきという場所で。
かたや歴史を感じる"座"とかたや今どきな改装された"単舘"での上映。
所謂、"シネコンじゃない所"で観る映画だ。
やはり、映画鑑賞というのは観る場所も込みであり、そのシチュエーションがとても重要なのだな、とつくづく思う、観る前と観た後、の感覚がより味わい深くなる気がする。
…あ、別にシネコンにも行かないわけではないし、娯楽大作的な映画も観る。
だから、大作にも"余韻"は当然、在るし、ポップコーンは嫌いじゃないし、それはそれ。
多分、この2つの映画に共通する、多少の擬音以外、登場者達(ロボットドリームズの方は擬人化された動物)の台詞が(殆ど)無いところが、私にとって特別に作用した。
それに加えてどちらの映画も、音楽がまさに効果的だ。
ロボット・ドリームズはスペインの監督(スタッフとして加わっている奥方は日本人)、ゴンドラはドイツの監督(ジョージア…旧グルジアとドイツの合作)と、どちらも非英語圏の制作映画。
スペインの監督は初アニメーション映画、ドイツの監督はどうやら前作も台詞無し!だったらしい。(残念ながら"ブラ・ブラ・ブラ〜胸一杯の愛を"というブラジャーロードムービー!は観ていないのだが)
このまま、ストーリーやら時代背景やら、それに対する自分の所感やらをつらつらと書こうかとも思ったのだが止めておきます。
結局、私が書きたかった事は、言葉(言語)が在るが故に、人々は意思の疎通がかえって困難になってはいないだろうか?という思いでした。
是非、この2つの映画を観て欲しいです。