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キャリアの「したい!」と「避けたい!」は混ぜるな危険
僕はこれまで、普通の道からは少し外れたキャリアを歩んできました。
まず、転職がとても多いです。経験したのは全部で8社。それぞれ業界が違うばかりか、本社の所在地も、東京のほかはロンドン・オランダ・オークランド・ドイツのインゴルシュタットと色とりどりです。
職種は基本的にマーケティングと、そこは単調ですが、10年ほど前から社会人向けの講師業や執筆活動の副業もしており、過去には書籍を4冊出版しています。4月には5冊目を上梓する予定です。
ちなみに今でも執筆業は副業で、本業としては教育系の上場企業で執行役員を務めています。
そんな、少しだけ人とは変わったキャリアを見込んでもらってか、5年ほど前から、社会人のキャリア開発を支援する社団法人でメンター(キャリアの相談役)をやらせてもらっています。
そんなメンターのお仕事を通じて、僕にはいつも感じていることがあります。
相談に来る人には、みんなキャリアプランを考える上での、共通の「つっかかりポイント」がある、ということです。
それは、「したい!」と「避けたい!」を同時に扱おうとしてしまう、という問題です。
例えば、「ラップスターになりたい」という「したい!」があったとします。同時に「食いっぱぐれるのは嫌だ」という「避けたい!」があったとします。この時、多くの人が、
1. 食いっぱぐれるのは絶対嫌なので、ラップスターを諦める
2. 食いっぱぐれる覚悟で、ラップスターを目指す
の2択でキャリアを考えてしますのです。
でも、ですよ。
本来、「食いっぱぐれる」と「ラップスターになる」は、必ずしも表裏の関係になっているわけではないのです。
それらは全く別の出来事で、かつ一方は遠ざかりたいもの、一方は近づきたいものです。2つの出来事は独立しているので、何ならラップスターになって、その上で食いっぱぐれる、という状態だってありえるわけです。
だとしたら、です。
A.「食いっぱぐれる」を避けるための計画と努力
B.「ラップスターになる」に近づくための計画と努力
は、それぞれ独立して考え、実行することができるはずなのです。
例えば、職人として生計を立て、手に職をつけつつも、ラップバトルの大会に出てスキルを磨く、などです。
保険をかけて、生半可な気持ちでラッパーを目指すな、などという声が気になるかもしれませんが、よく考えてみてください。
なぜ保険をかけること=生半可だ、ということになるのでしょう。避けたいことを避ける努力。近づきたいものに近づく努力。その両方を同時にすることの何が悪いのでしょうか。
悪いかどうかはいったん置いておいたとしても、獲物を追いかけ、天敵を避けようとすることはごく自然な本能の働きです。自然であるがゆえ、人間が本来持つエネルギーを最大限に発揮しやすい行動パターンとも言えます。
人気・実力ともに日本一といっても過言ではないラッパーのZORNさんは、歌詞にも良く綴られている通り、職人の仕事を続けながらラップスターの道を駆け上がって行きました。その努力が生半可だ、などと誰が言うでしょうか。
このことを自分のキャリアに当てはめて考えるために、おすすめしているフレームワーク(考え方の枠組み)があります。次のようなものです。
①10年後のキャリア&人生について、最悪のシナリオを考える
②この時、「500人に1人くらいに起こること=ほぼ起こり得ないこと」は考えない
③その最悪のシナリオを、それも仕方ない、と一旦受け入れる
④10年後のキャリア&人生について、最高のシナリオを考える
⑤その最高のシナリオに近づくための1年1年のシナリオを、向こう3〜10年分考える
⑥それができたら、まずは今年1年のシナリオを実現することに集中する
⑦一旦受け入れた最悪のシナリオについては、なるべく起こりづらくするためのアクションを考え、今この瞬間にできることを同時に実行していく
①〜⑦のステップを、もう少し丁寧に紐解いていきましょう。
せっかくなので、ここからは、皆さん自身のキャリアで実例を考えながら読んでみてください。
まず「①10年後のキャリア&人生について、最悪のシナリオを考える」です。
10代、20代と人生やキャリアの歩みを進めていくと、色々不安なことが出てくると思います。その不安が全て実現してしまった、最悪の未来とは一体どんなものなのでしょうか?
考えるのも嫌だ。そうかもしれません。
しかし、“Devil you know is better than devil you don't(知らない悪魔より知っている悪魔の方がまだマシ)”などというフレーズもあります。
10年後の最悪のキャリアシナリオは、知らない悪魔だから余計不安が募る、ということもあるのかもしれません。であれば、それを自らイメージしてあげることで、知っている悪魔にしてしまうのはどうでしょうか。
この時注意が必要なのは、②ほぼ起こり得ないことは最悪のシナリオに含める必要はない、ということです。
50代の男性の年間死亡率は約0.2%です。毎年、50代の男性の500人に1人は亡くなってしまう、ということです。
普段、私たちは、普通に生きているだけで、それくらいの確率で起るリスクを受け入れているのです。それも、これ以上はない、人間に起こりうるもっとも巨大なリスクを。
今そのことに思い悩んだりしていないのだとしたら、同じくらいの確率に思えることは、同じく気にしないでもいいと考えてみてはどうでしょう。
さて、そうしてほぼ起こり得ないことを取り除いて考えた「最悪のシナリオ」は、一体どんな顔をしているでしょうか?
一度「知っている悪魔」にしてしまえば、案外そんなには悪くない、ものだったりはしませんか?
そう思えたら、③そんな最悪の未来を、一旦心の中で受け入れてしまいましょう。そうなったらそうなったでまあ仕方がない、と。
すると、不思議なことに心が軽くなり、創造的に前向きな未来を考える勇気がふつふつと湧いてきます。
そこで今度は、④10年後のキャリア&人生について、最高のシナリオを考えてみます。仕事。家庭。趣味。それぞれの未来について、あれも上手くいった、これも上手くいったと、とんとん拍子に望みが叶った10年後はどんな姿なのか? そんな未来の物語を思い描いてみるのです。
それがはっきりと、ではなくてもひと通りイメージできたなら、今度は⑤そこに至るステップを十等分して、1年1年のシナリオに分解してみます。
10年分のステップを考えることが難しければ、10年後のゴールをイメージしつつ、最終的にそこにつながりそうな向こう3年のシナリオを考えてみるのでも構いません。
そして、それができたら、先々のことはいったん気にせずに、⑥今年のシナリオを実現するための活動に全力集中します。
一生懸命に生きていたり、働いていたりすると、考えるべきこと・やるべきことが次々と降って湧いてきます。
その全てに神経を尖らせ、かつ未来のTODOにまで思いを馳せていては、頭が一杯でパニックになってしまうこともあるでしょう。すると、今この瞬間にもっとも大事なことが疎かになってしまいます。
だから、もっと言えば、10年後のベストシナリオを実現するための、今年のシナリオを実現するための、今この瞬間のTODOに全力集中できればそれが理想です。
さて、ここまではずっとベストシナリオの話をしてきましたが、ワーストシナリオの方はどうすればよいでしょうか?
やりたいことを追求する、というモチベーションは仕事や人生の大きなエネルギー源ですが、やりたくないことを避ける、というモチベーションも同じくらいの、場合によってはそれより大きなエネルギーになり得ます。
ですので、これもぜひ意識していきましょう。⑦ワーストシナリオについては、なるべく起こりづらくするためのアクションを考え、今この瞬間にできることを同時に実行していくのです。
ベストシナリオに近づくアクションと、ワーストシナリオから遠ざかるアクションは、仲良く同居できる場合も多いです。なぜなら、獲物を追いかけることと、天敵を避けることは、必ずしも矛盾するわけではないからです。
なので、どちらも僕ら人間が数万年間磨き続けた本能をフル活用し、天敵に気をつけながらも、獲物を追いかければいいわけです。
例えば、税理士を目指して経理部門で仕事をしながら、どこにも居場所がなくなるリスクを最小にするため職場での人間関係に気を配る、などなど。
それらが仲良く同居できないケースも、あるにはあるでしょう。天敵を見つけ逃げようとしたら、獲物からは遠ざかってしまう、といったケースです。
こうした、バットシナリオから遠ざかるアクションを取ろうとすると、ベストシナリオに近づくアクションが取れなくなるようなケースに直面したときは、思い切ってバットシナリオの方を無視してみてはどうでしょうか。
そんなの無理だ、って?
いや、できるはずなのです。
なぜなら、僕らは前のステップで、それを一度受け入れているのですから。
しかも、そこで受け入れたのは、本当に最悪中の最悪のシナリオです。実際に起こることは、それほど悪くはない、かもしれないですし、何なら心配していることは一つも起こらない、かもしれません。
そんなふわっとした、それも一度受け入れているリスクに縛られて、やりたいことに近づくチャンスを逃してしまっては人生もったいない、とも考えられないでしょうか。
キャリアについて誰もが不安になるのは、それが自分自身にしか決められないから、でしょう。そして、その自分の運命を決してしまうかのような決断を、日々迫られているように感じるから、ではないでしょうか。
だとすれば、上の①〜⑦をコンプリートした上で、最後にこう自分に言い聞かせてみてはどうでしょうか。
自分の決断は正しい!
自分は今正しい道にいる!
そもそも、キャリアや人生の選択に、答え合わせのタイミングは一生巡ってきません。
だとすれば、自分で正しいと思ったこそが正しい道、と思っておいたとして、それが不正解だと誰かに言われる日は永遠に訪れません!
おわり
<著書のご紹介>
noteが気に入ったら、ぜひ書籍もご覧になってください。
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