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作曲家・西山淑子さんインタビュー③

10月25日(日)に行う
「音楽と音楽と香りで綴る 金子みすゞとその時代コンサート」の作曲家で
長年、金子みすゞの詩に曲を付けていらっしゃる
西山淑子さんのインタビューの第3弾!

今回は西山さんの経歴についてお話を伺いました。

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辻田(以下T);西山さんは(大学は)どちらのご出身ですか?
西山さん(以下Nさん);武蔵野音大。

T;卒業してからはどういう…
Nさん;卒業してからはね、ヤマハの音楽教室の、
 当時幼児科といっていた…
 今はなんていうんでしょうね。
 それで幼児を教えていたんです。

 ところがちょうど1年経つ頃にお声がかかって
 それで尚美学園という専門学校があるんですけれど、都内にね。
 そこの電子オルガン科の講師になったんです。

 そこから1年間は電子オルガンを教えていたですけれど、
 1年経って4月に入ったときに短大が出来たんですね。
 尚美学園短期大学。
 明日から短大の方へ行け」、と。学長命令で。

 それで短大の方へ行くことになって、
 短大の方に授業を持つことになって…
 キーボードハーモニーとかアンサンブルとかをするような授業でね。
 一人一台ずつシンセがあって。
 そんな授業とか、ソルフェージュとか。

T;懐かしいですね、ソルフェージュとか。
 私は国立音楽大学卒業でしたけれど、
 国立音大を卒業してから(尚美学園へ)いかれる方も多かったですね。
Nさん;ああ、そうですか。
 専門学校の方の研究科ですよね。
T;そうですね。
Nさん;よくみんな行っていましたよね。
T;もう今はないんですよね。
Nさん;うん、そうですね。もう今はとっくになくなって。

T;昭和音大へ行ったのは?
Nさん;昭和音大へ行ったのはそれからずっと後で。
2005年かな?
 200年までずっと尚美にいたんです。
 専門学校と短大と両方ね。


 で、静岡にある常葉短大とにも、2年くらい。

T;その時は静岡に住んでいたんですか?
Nさん;いいえ、東京から通っていました。
T;じゃあ、大変だったですね。
Nさん;でも、あの-、週に1回だけだし、
 新幹線で1時間で行っちゃいますからね。
T;そうですね。
 私も電車に乗って都心へ出ると1時間くらいかかってしまうので
 それを考えると同じですね。
Nさん;うん。それで常葉短大が2年だけで、契約が2年で。
 そのあとは家で教えているだけみたいな。
 知り合いの音楽教室に手伝いに行っていたり。

 ちょうど娘が中学受験くらい(から)高校いっぱいくらいは
 大学というところとは無縁だったんですよ。

 で、ご縁があって娘が高校卒業して浪人時代から
 昭和(音大)に行っていたんです。

T;そうだったんですね。
 ずっと昭和音大にいらしているのかと思っていました。
Nさん;そうじゃないんです。
 でも昭和音大も…何年通ったかな?何年通ったんだろう?
 結構長いこと通っていましたね。

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次回は金子みすゞの詩との出会い!
ご主人との出会いも突っ込んじゃいましたよ(^^)

「音楽と香りで綴る
 金子みすゞとその時代コンサート」
https://saipon.jp/h/misuzu_concert/

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