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江戸時代にノスタルジーを感じる人です。

勤務を終えた帰り道。
電車を乗り継いて、地元の駅を通り抜けると空が見えます。
雨が降っていれば、折り畳み傘をカバンから出したり。
晴れていれば夜空と、そして月を見上げてみたりしています。
まだ子供の頃、プラネタリウムは好きだったけれど、補助線がないと星座なんてわからなくて。
冬の星空をみても、どれがシリウスなんだろうなぁ、なんていうレベルです。
そんなポンコツですから、月を見上げた時の空気の状態、冷たさとか空気の硬さみたいなもので、私は季節を確かめてるようです。

夏よりも冬の帰り道が好きです。
私が帰宅する時間帯は、夏だとまだ夕方を引きずっていて、昼でもなく夜でもない時刻です。
逢魔が時、といわれた魔が横切るような曖昧な空気、闇になり切れていない空の色合いに、不安定さが露呈する気がするのです。
その不安定さがありがたいこともあるのですけれども。
冬は夜が早いから、どちらでもない狭間を容赦なく打ち消していくようで、安心します。
だから私は、冬が好きです。

子供の頃、本好きは周囲に何人かいたのですが、私と話が合う子はいませんでした。
みんなが好きなのは、ライトノベルだったり、ファンタジーやSF、推理小説だったり、マンガだったり。
薦められたものは素直に読んでみるタイプだったので、様々なジャンルに触れることはできました。
面白かったものもあれば、私にはあわないものあったし、そのことを話すのも楽しかったです。
でも、私が大好きで没頭していたものは、時代小説だったのです。
時代小説の話だけは、誰ともできずに終えた子供時代でした。

ですから、今回の”いんよう!”で、サンキュータツオさんがお話されていた落語の話が、私は時代小説のことで重なりました。
りぼんや花とゆめに掲載されているような少女マンガの話とか、ジャンプ・マガジン・サンデーなどに掲載されている少年マンガ。
兄が読んでいた銀河英雄伝説・アルスラーン戦記などの田中芳樹作品。
友達に薦められた十二国記や、京極夏彦作品、島田荘司作品なども、みんな面白かった。
でも、私がずっと好きで愛してやまなかったのは、池波正太郎や藤沢周平、村上元三、平岩弓枝といった作家の紡ぐ、時代小説でした。
その為か、間違いなく子供だった頃、時代小説の世界に没頭していたからか、明治大正よりも江戸にノスタルジーを感じます。
祖父母の他界が早かったから、小説を通して江戸に触れている方が多かったからですかね。
不思議なものです。

子供の頃の話に話を戻せば。
借りた本のお返しにと差し出した「出合茶屋 神谷玄次郎捕物控」が、友達のお父さんにスルーパスされていたこともあったりしました。
みんなが読んで、楽しさを語り合っていている本と同じように、私も山手樹一郎の話をしたかった。
周囲を見渡してみても、かろうじて鬼平犯科帳はテレビで見たことあるよという位で、そもそも誰も読んでないので難しかったんですけれども。
最初はわかってもらおうとして、でもわかってもらえなくて、ついには時代小説が好きなことが恥ずかしくなり、口を噤むようになりました。

決定的だったのは、中学生の時の夏休みの宿題です。
工作や実験、読書感想文などの中から、自由課題として1つ提出すれば良いものがあり、私は海坂藩の地図を選びました。
藤沢周平の様々なに登場する架空の海坂藩は、地図にできるほど齟齬がないという文章を読んだことがあったからです。
自分でも作ってみたいと図書館に通ってつくったそれは、正確さには欠けていたものかもしれません。
それでも図書館の本を開きながら、ルーズリーフに書き溜めた情報を元に作った海坂藩の地図は、私には課題として相応しいものができたと思っていました。
当時の担任は産休に入っており、学年主任が担任を兼ねていました。
ホームルームの後、先生に教卓のところへ呼ばれて帰ってきた地図には、大きいバツが描かれていました。
これは課題にふさわしくないので、何か今からできる読書感想文などに振り替えるので再提出を、と言われました。
先生からは、中学生らしい課題ではないこと。
よく知られておらず、いい加減で適当に作ったものなのか、正しいものなのか。評価をするための根拠がないこと。
そんなことを説明された記憶があります。
ショックを受けている私が、友達に事情を話した後の反応も、どちらかというと先生に同調するものでした。
そして、私は諦めたんです。時代小説について話すこと、わかってもらおうとすることを。

大学生の時、付き合っていた人の家に遊びに行ったときのことです。
当時の私は時代小説を読まない人の擬態もうまくなり、普通の女子大生っぽいもので自分を塗り固めていました。
細眉・茶髪にして、厚底ブーツを履いて、ショップバックを無意味に持っていたあの頃。
居間にいた彼の祖父が、手書きの地図を前に、藤沢周平の本を傍らに積み上げていたのです。
電話か何かで席を外した彼に、座って待つように言われていた私は、あることに気が付きました。
彼の祖父が見ている地図は、山吹町が城の北にある。

山吹町というのは、藤沢周平作品に出てくる海坂藩の町名の一つです。
細かい説明は割愛しますが、城の北もしくは西にあることが、作品内での記述の多さから推定される場所です。
私の思い描いたものとは違うけれども、それでもどばーっと何かが溢れてきて、私は大号泣したんです。
ネットがあの頃よりも普及していて、きっと同じように藤沢周平に思い入れがある人が公開しているものもあるでしょう。
けれども、私はまだ見られていません。

いつか、何かの偶然で目にすることになるのか。
衝動にかられて、検索して見つけに行くのか。
まだわからないけれども、まずは時代小説を読めるメンタルになることが先ですね。
何ででしょうね、こじれた恋愛みたいな話になりました。

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