『美味しい記憶』-美容室のお兄さんとしゅうまい-

幼稚園児の私はかなりあざとい女の子だった。

丸顔で目がくりっとしていて、小柄。そして色白。おまけに人見知りせず妹気質で甘えるのが得意。大人は自分を可愛がってくれるものとよく知っていたように思う。(今思えばその小悪魔的性質が恐ろしいし、恥ずかしい。)

その日は母が美容室に行くから1人で留守番できない私は一緒に連れて行かれていた。美容室は普段と違う場所だから面白いし、綺麗なお姉さんやお兄さんがいて素敵な場所だと思っていた。しかし、小さい子供は待つのが苦手で私もじっとしていられなくなって、怒られないようにそうっと店内の探検を始めた。そんなに広くはないけど、スタッフルームがちゃんとあるお店だった。大人ならそこには近づいてはいけないとわかるけど子供の私は少し開いたそのドアが気になって中を覗いた。

中にはお兄さんがいてお弁当を食べていた。おませだった私はそのお兄さんをかっこいいと幼心に思っていて、本当はお兄さんとお話ししたいけど、でも自分から部屋の中に入るのははしたない、さすがにいけないこととわかっていた。(覗いてる時点でどうかと思う。)
すると私に気づいたお兄さんが手招きをしてくれた。私は嬉しくなって近寄って行った。お兄さんは今思えばどこにでも売っているようなお弁当を食べていた。
黒いプラスチックケースに入っていて白ごはんがその大部分を占領しているもの。子供の頃の私にとって、外のお弁当なんて滅多に見れるもんじゃないし、大人の男性が食べるそれはとても大きくみえて、子供向けじゃないその無骨さがかえって魅力的に映った。
今のコンビニ弁当よりきっともっとシンプルで質素だったろうお弁当に私は釘付けになった。私の視線に気づいたお兄さんは「おなかすいた?」と尋ねた。そんなにおなかペコペコではなかったもののお弁当の放つあの独特な匂いに私は刺激され、そして未知のお弁当が気になってコクリとうなづいた。お兄さんはお弁当の中のしゅうまいを半分に割って口元に差し出してくれた。

私は口をあけてそのしゅうまいにはむっと食いついた。

しゅうまいはなんだかとっても肉肉しい味で、半分にしても大きくて私はもごもごと頬張って、これが大人のしゅうまい、大人のお弁当なのか、と感動していた。
そして、お兄さんにあーん、してもらえたことがとっても嬉しくて、美味しいと幸せが直結したとろけるような感覚を幼稚園にして噛み締めていた。
あの時のしゅうまいは高級店のものでもないし、具体的な味をすごく覚えてる訳でもない。けれども、あの時のことを思い出すと脳みその中の美味しい引き出しがカタカタ動く。きっともっと美味しいしゅうまいは大人になってから食べてるかもしれない。
でも私は1番美味しいしゅうまいをイメージする時、あのお兄さんが割り箸でつまんで差し出してくれたしゅうまいを思い出す。
そして、あのしゅうまいを思い出すと今も少しドキドキする。それはきっと、おいしいものを気になる男性と食べるとき特有の気分の高揚を初めて味わった瞬間でもあるから。

お兄さんの顔はもう覚えていない。でもハンサムだったように思うし、笑顔が子供好きのそれで私はメロメロだった。生まれて初めて家族以外にされたあーんはうんと年上のお兄さんからのしゅうまいで、そして、お母さんにバレないようにこっそり行われていた。

そのしゅうまいを思い出す時、私は幼少期の小悪魔な自分を恐ろしく、恥ずかしいと感じると共に、すっかり冷めたあの肉肉しいしゅうまいを嬉し恥ずかしで頬張った感覚を思い出し、頬の奥がキュっとすぼむ。
幼稚園児にして気になる異性とこっそり食事をする自分に呆れると共に小さくグッジョブせずにはいられない。

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