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読書『熊の敷石』
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2000年の第124回芥川賞(ダブル受賞)の中編小説。
堀江敏幸作品では『おぱらばん』が好きで内容も思い出せるけど、『熊の敷石』はどういう内容だったか(そして熊の敷石とは何だったか)を思い出せず再読しました。
舞台はフランスのノルマンディー地方。パリから西へと向かい、現地で待ち合わせた友人ヤンが運転する車からの風景描写へと続く序盤。前に読んだときはその風景について痺れたのだ、と思い出し始めたものの、喉元ならぬ意識元まできている当時の感想が言葉にならないのがもどかしい。
それはさておき、今回感じたのは、著者にとってのフランスというものを小説化したような作品だな、ということ。
モン・サン・ミッシェルの夕日や刈り入れが終わった一面の小麦畑といった美しい風景、カマンベール投げ大会というユーモラスな行事などは、「風に当たったり窓の外の音を聞いて」ドライブをして見る「柔らかい光に包まれた映像」のような、フランスの称揚される陽の面を象徴しているよう。
一方で、空爆で破壊された歴史を持つ町や、ユダヤ系のヤンが語る戦争にまつわるエピソードなどによって、多くの死(大した理由のないちょっとしたことで避けられた、現実にはならなかった死も含め)を戦争や宗教抗争で経験してきた、「重石」のような陰が生活に刻まれたフランスや欧州の裏面をテーマ化している。
この作品の構成は、ざっくりいえば、陽のフランスが前半、陰が後半。その両面を音楽的な美しい文章で描いてきた後、最終盤にどういうところへ話を行きつかせるのか?!という楽しみが個人的最高潮だった。
光を見たことのない幼児と熊の寄り添い、主人公の脳を貫く痛み。後者はフランスの歴史とは隔たった日本人であるがゆえの(つまり意識されていなかった、自分が自分であることの)痛みの表現かな。断片的ではあるものの新しい「べつの光と闇」という結末(かつ、そもそもの始まり)。やられたー。
『おぱらばん』の最後のシーンも大好きで、こういう落としどころの妙にドドンッと現れる堀江敏幸の分厚く詩的な知的センスに感じ入ってしまう。
解説を書いている川上弘美の評や引用もよかった。
堀江敏幸の文章は、繊細さに裏打ちされた勁(つよ)い知性によって書かれている。内容だって、言葉のつらなりだって、たいそう洗練されている。それなのに、生理にねざした、野蛮といってもいいようなものに、その文章のきもちよさはつながっているような気がしてならない。
いろっぽいのだ。
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