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【試し読み】3話連続公開! 第1話「完璧な未来」(『ラストで君は「まさか!」と言う 傑作選 トパーズの誘惑』より)

累計35万部突破の大人気シリーズ『ラストで君は「まさか!」と言う』が、ついに文庫化されます! シリーズのなかから傑作だけを選び抜いた、衝撃のラストが楽しめるショート・ストーリー集です! 今回はそのなかの1篇、「完璧な未来」を無料公開します。

【完璧な未来】

夜の十時。

黒崎圭が会社でノロノロと業務日誌を書いていると、突然、すべての照明が消えた。真っ暗なフロアの中に浮き上がるのは、目の前にあるパソコンのディスプレイだけ。

「なんだよ。俺がまだ残ってるのに」

だれかが退社する時、圭がいることに気づかず電源を切ったのだろう。嫌味な上司がわざと消したのかもしれない。圭は卓上のカレンダーを見て、思わず顔をしかめた。

「一月十九日か。最悪の日だ。あーあ。人生、やり直してーなー」

ため息をついて椅子に寄り掛かかると、硬い背もたれがきしむ。

圭は常に不満を抱かかえていた。会社だけではなく、人生の何もかもが不満だった。

「仕事はキツいし、給料は安い。アパートはボロ。貯金も友だちもカノジョもナシ。何ひとついいことがない。中三のころの俺には想像もできなかった、負け組人生だ」

パソコンの明かりを頼りに、机の引き出しに入った往復ハガキを取り出す。

【二〇一八年度 東山中学校 三年一組クラス会のご案内】

返信すらしなかった、クラス会の案内だった。今のみじめな自分を、かつてのクラスメイトに見られたくなかったのだ。ハガキに記された連名の幹事は、杉山孝と上原美由。

美由は色白で笑顔のかわいい美少女だった。学校中の男子が美由の姿を目で追ったものだ。その美由に好きだと告白されたのが圭だった。

十年前。十五歳の圭は、充実した学校生活を送っていた。成績は上位だったし、スポーツも得意で、陸上部の部長だった。短距離走の大会記録も持つほど足が速かったから、体育祭のリレーでは毎年アンカー。学校中の声援の中、胸を張ってゴールテープを切った。教師には信頼され、生徒会の役員も難なくこなした。学校推薦で名門校へ進み、その先には自分にふさわしい人生が待っていると信じていた。中学三年のあの日までは。

「本当に俺は、なんてバカだったんだろう」

圭は自分の浅はかさを呪った。何もかも、台なしにしてしまったのは自分なのだ。

圭の思い出の中には、今もセーラー服を着て笑っている美由の姿がある。

「二十五歳か。どうしているかな」

ふと思いつき、圭はパソコンでSNSのサイトを開いた。自分が撮った写真やかんたんな日記を投稿してインターネットで公開する、世界中で人気のSNSだ。圭がこのサイトに登録したのは、十年前。ここに充実した人生を記録していくはずだっ

た。だが、結局、一度も投稿はしていない。登録した翌日に、圭の人生が急変したからだ。

だが、美由の今をこっそり見るには好都合かもしれない。

「上原美由。東山中学校出身……」

クラス会の案内状にあった電話番号をもとに検索すると、美由のページはすぐに見つかった。トップページには、大人になった、美しい美由の写真がある。

あのころと変わらない笑顔。だが、今の圭にはもう手が届かない相手なのだ。

美由が投稿した記事のほとんどは、彼女の友人だけしか見ることができないように設定されていた。かぎのかかったページを圭がのぞくことは、もちろんできない。

美由がSNSで交流している友だちの一覧に、クラス会の幹事をしていた杉山の名があった。気になって彼のページを開いた途端、圭は、殴られたようなショックを受けた。

「これが、あの杉山?」

杉山孝。中学のころ、だれにも見向きもされなかった、真面目だけが取柄のつまらない男。だが、杉山が投稿した写真や日記は、圭が夢に描いていた人生そのものだった。

有名大学を卒業し、一流企業で生き生きと働いている杉山。多くの友だちに囲まれ、笑顔ですごす充実した日々。彼の隣には優しい笑顔の美由が寄りそっていた。

「美由は杉山とつき合っているのか」

圭の胸は、妬ましさで焼けつくようだった。中学を卒業してから十年たった今、杉山は、圭が歩むはずだった人生を乗っ取ったかのように幸せに暮らしている。

圭は、悔しさにギリギリと歯ぎしりした。

「あの時、まちがいを犯おかさなければ……」

十年間、圭は自分の人生を大きく変えてしまった判断を、ずっと後悔し続けていた。あの時の自分に忠告してやりたい。なんとしてでも、今の自分の声を届けたい。

不可能だとわかっていても、あきらめることができない。圭は、自分のSNSページを開き、十年前の日付を入力した。

『二〇〇八年一月十九日・二十二時』

あの夜。十五歳の圭はパソコンに向かい、このサイトに会員登録をして時間をつぶしていた。気持ちが落ち着かず、勉強が手につかなかったからだ。

過去の自分に向け、圭はメッセージを打ち込み始めた。

『黒崎圭。俺は二十五歳のお前だ。これからお前に重大な忠告をする。お前は明日、ある大きな過ちを犯し、その後の人生を台なしにするんだ』

自分がどれほどバカげたことをしているか、わかっている。だが、どうしても書かずにはいられなかったのだ。熱に浮かされたように、キーボードを叩く。

『お前は成績もよく、スポーツも得意な人気者だった。上原美由に好きだと告白され、つき合い始めた。自分は勝ち組だと、調子に乗っていただろう? 他校の不良とつき合い始めたのも、カッコいい自分に酔っていたからだ。そのうち、お前は真

面目に勉強しなくなった。急激に成績が落ち、あてにしていた名門高校への学校推薦があやしくなった。一月二十日に校内で行われる認定試験の結果が悪ければ、推薦枠から外されてしまう。他生徒ががんばっている中、一般受験で合格できる確証はない。お前はあせった』

圭の脳裏に、教官室にいる中学三年生の自分の姿がよぎる。偶然、教師が保管していた試験問題を見つけ、それを悪用する誘惑に逆らえなかった自分。

『お前が作ったカンニングペーパーは、今、制服の右袖に隠されている。それが明日の試験中、監督の教師に見つかるんだ。お前は推薦資格を失うばかりか、すべてを失う。親を泣かせ、友だちの信頼を失い、美由を失う。その後は何をやってもうまくいかない。大人になってみじめな仕事をしながら、思い通りにならない人生に絶望するんだ。そうなりたくなかったら……お前が望む未来を手に入れたければ、俺の忠告を聞け――』

それから圭は、いちばん重要な最後の一文を打ち込み、投稿ボタンを押した。

すると、次の瞬間。暗闇に包まれていたフロアがパッと明るくなった。

まぶしさに目を瞬まばたきしながらあたりを見渡した圭が、「あっ」と声をあげる。

すべてが一変していた。

圭は、豪華で洗練されたオフィスの中にいた。上質なスーツを身に着けた圭が座るのは高い背もたれのある黒革の椅子。その位置は、まちがいなく、会社のトップのものだ。

磨かれた広い机にのっているパソコンに、今日の日付が表示されている。

『二〇一八年一月十九日・二十二時』

ディスプレイには、圭のSNSページが映し出されていた。仕事も私生活も充実し、自信に満ち溢れた圭の写真。都心のタワーマンションに住み、高級車を乗りまわす圭。そして、傍らには美しい美由がいる。

「やったぞ! 未来が変わった! 過去の俺がメッセージを読んだんだ」

成功に酔いしれ、圭はクスクスと笑い始めた。こんなにうまくいくとは。

あの日の自分に送った最後の一文はこうだ。

『――いいか? カンニングペーパーは左袖に隠せ』

カンニングが成功したおかげで、みじめな人生を歩まずに済んだのだ。それどころか、想像をはるかに超えたすばらしい人生を手に入れた。十五歳のあの日、俺は新しい未来をスタートさせたんだ……!

椅子から立ち上がり、高層階のオフィスビルの窓から、王のように夜の街を見下ろす。

「完璧な未来だ!」

満足して高笑いしたその時、オフィスのドアが乱暴に押し開かれた。鋭い目つきの男たちが何人もフロアに踏み込んできて、圭を取り押さえる。

「待てよ。お前たちはだれだ? ここは俺の会社だぞ!」

すると、男のひとりが警察手帳を見せ、圭を冷たくにらんで言った。

「お前のものじゃない。お前が持っているものはすべて、噓とまやかしで他人から強引にだまし取ったものだ。黒崎圭、お前を詐欺及び巨額の横領の罪で逮捕する」 

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