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セルロースはなぜ水に溶けないのか

地球上に最も多く存在し、古くから利用されてきた植物由来の高分子「セルロース」。紙や添加剤、合成樹脂の原料になる身近な素材です。
いかにも水に溶けやすそうな分子構造をしている割に、水にも有機溶媒にも溶けないというユニークな特徴があるので、その理由に触れてみたいと思います。

セルロースの分子構造

セルロースは、D-グルコース(ブドウ糖)が連なってできた高分子化合物です。
グルコースが水によく溶けるのはご存じの通り。分子内に多数のヒドロキシ基(以下OH基)があり、水分子がくっつきやすい構造だからと言えます。
しかし、同じくOH基を多量に持っているはずのセルロースはなぜか水に溶けません。

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セルロースの構造

高分子だから?と思うかもしれませんが、同じくグルコースが重合した高分子であるアミロースは水に溶けます。アミロースは多くの穀物に含まれるでんぷんの成分なのですが、同じくでんぷんに含まれるアミロペクチンという高分子は、アミロースが架橋された構造をしており、あまり水に溶けません。
セルロース、アミロース、アミロペクチンの構造は下図の通り。モノマー(高分子の繰り返し単位)は共通のグルコースですが、結合の向きがちょっと違うように見えますね。アミロースは溶ける、架橋されたアミロペクチンは溶けない。こういった点にヒントがありそうです。セルロースは架橋されている訳ではない直鎖状高分子ですが、糖類・多糖類の特殊な立体構造を考えるとさらにヒントが見えてきます。

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セルロースとアミロースの構造

グルコースの立体構造

グルコースは、酸素1個と炭素5個がリング状に結合した「6員環」構造です。6員環で有名な構造というとベンゼンがありますね。ベンゼンは平面状の分子と習ったのを覚えてる方もいるかもしれまんが、では6員環の分子が全て平面なのかというと、実はそうではありません。

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グルコースの構造:「いす型」の立体構造

炭素同士の単結合の安定な結合角度はおよそ120°ですので、これを保ったまま6員環にすると、環の端が上と下に折れ曲がったような立体的な構造になります(図の左端と右端:いす型構造などと呼びます)。
この描き方をするとOH基はバラバラな向きにくっついているように見えるかもしれませんが、この向きはランダムではなく完全に方向が決まっていて、全ての単結合が120°になるようにすると、OH基は何と全て同一平面内にくるように並びます。そして、同じく炭素に結合している水素原子は、この平面と垂直方向にのみ向きます。(※構造式を書く上では水素原子は省略して良いルールですので、特に用事がない限り普通は描きません)
この、面に対して垂直な方向をAxial(アキシャル)、水平方向をEquatrial(エカトリアル)などと呼びます。この後で使うかもしれないので一応書いておきます。この立体構造は、高分子になった後でも保たれています。

では、この曲がった6員環をつなげてみましょう。

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セルロース分子内の、OH基と水素原子の向き(いろいろ省略して描画)

赤色が水素原子です。立体が分かりやすいようにわざとXYZの軸を入れてあります(ふつうはこういう描き方はしません)。これをさらに簡略化してイラストにすると、

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セルロース(だと思ってください)の構造

このようになります。つまり、セルロースというのは、OHが向いている側面(エカトリアル方向)は水と結合しやすい親水性で、水素原子が向いている上下面(アキシャル方向)は水となじまない疎水性の性質を持っていることになります。グリコシル結合回りに回転の自由度があるので、ひねればこんな「方向性」など生じなさそうにも見えますが、エカトリアルに位置するOH基同士が引き合うため、この回転も起こりにくく、結果セルロースは、「向きによって極性が異なる」という異質な性質を持った直鎖状ポリマーとなります。

当然、セルロース分子同士も相互作用しますので、そのようなものを集合させるとどうなるかというと、

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セルロース同士のパッキング

このような集合構造をとります。疎水面同士にはファンデルワールス力による相互作用が、親水面同士には水素結合による相互作用が各々働く結果、セルロースはこのように分子同士で集合した方が安定になるのですね。
分子間が隙間なく詰まってしまっているので、水や有機溶媒が侵入しにくい構造となっており、このため、セルロース自体は親水性ポリマーであるにもかかわらず様々な液体に対し溶解性が低いというユニークな性質をもつことになります。

先ほどアミロースを例示しましたが、これが水に溶けるのは、主に鎖の構造の違いです。

セルロース:β-1,4-グリコシル結合 ストレートに伸びる結合
アミロース:α-1,4-グリコシル結合 螺旋状に伸びる結合

セルロースのグリコシル結合(単糖同士をつなぐ結合のこと)はエカトリアル方向に伸びますが、アミロースのグリコシル結合はアキシャル方向に伸びます。この方向に伸びると、糖鎖はストレートにならずに螺旋を巻きながら伸びていきます。
アミロースのらせん構造については、小学校で習ったヨウ素でんぷん反応を思い出してください。アミロースがヨウ素を取り込めるのは、らせん構造の内側にヨウ素が入り込めるからだと習いましたね!(覚えてない....?)
主鎖自体がぐるぐる巻いているせいで側鎖のOH基はランダムな方向を向き、鎖もよく動けるので水がよくくっつき、水に溶けやすい性質を示します。
アミロペクチンは、セルロースほどではありませんが、鎖同士が架橋によって束縛されているため、完全に溶けることができません。ただし、水分子が入り込むことはできるので、水を吸って膨らむ性質を持っています。アミロペクチンは餅米やタピオカでんぷんに多く含まれることを思い出せばなんとなくイメージできるでしょう。
※餅米でんぷんはアミロペクチン100%

OH基をたくさん持っている分子は水に溶けやすい、というのは基本的な物質観として正しいのですが、分子の形によってはそのOH基同士が相互作用して溶けなくなることもある、ということですね。

以上、セルロースが溶けない理由でした。

まとめ

◉セルロースは、グルコースの構造と結合の向きに由来し、OH基の向きに規則性を有する直鎖状の高分子である
◉セルロース同士が強く相互作用してしまうため、水や有機溶媒の侵入する余地がなく、様々な液体に対して溶解性が低い。

ではセルロースをどうにか溶かして利用する方法は無いのかというと、実は割といっぱいあります。


次回以降にて。

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