成長と役割のシーソー(男旅 vol.3 滋賀)
子育てをしていると、ある時期に「ステージが変わったな」と感じることがあります。最初にそれを感じたのは長男が2歳になったとき。それまで、食事、お着替え、歯磨き、寝かしつけなど、生活に関わるあらゆることを親が「してあげて」いたのに、2歳になると急に自分でできるようになるんですね。たどたどしいけど、自分でこぼさずにご飯を食べて、添い寝して胸をトントンしなくても一人で寝てくれる。親がなんでも「してあげる」から、子供の行動を「見守る」に変わります。
はじめて幼稚園の通園バスに乗せたとき、小学校の運動会で立派にダンスを踊れたとき、中学校で「うっせぇ」と口にしはじめたとき。その都度、子供の成長を感じるとともに、僕が抱えていた役割が離れていくように感じました。
前回、男旅 vol.2 の続きです。沖島から定期船で本土の港へ戻り、義父の住む大阪へ向かうために車を走らせていました。琵琶湖に近い近江八幡のあたりは見渡す限りの水田が広がっています。すると、道路脇の田んぼの中にひまわり畑がありました。「へえ、こんなところにひまわり畑があるんだ」と、車を停めて長男と四男でひまわり畑を散策しました。ちょっとした迷路が作られていて、小三の四男は面白がって走り回っていました。
せっかくなので、ひまわり畑をバックに写真を撮ろうと思い立ちました。最初は二人を立たせて撮ってみたんですけど、高校生と小学生だとあまりに身長差がありすぎてちぐはぐになってしまいます。さらにひまわり畑の奥行きがそれほど大きくないので、画面をひまわりで埋められるカメラのアングルが限られてしまいます。そこで、長男に四男を抱っこしてもらって撮影しました。
ファインダーを覗きながら、あれ?って違和感に気がついたんですね。ついこの前まで、こうやって息子を抱っこするのは僕の役割だったのに、いつの間にか長男がそれをできるようになっていたんです。僕の投稿を見た知人から「お兄ちゃんの後ろ姿が僕にそっくり!」と言われることがよくあります。たしかに写真を見ると、僕が小さい頃の長男を抱っこしているようにも見えますね。
子供の成長とともに子供が自分でできることが増えて、親から子へ役割を一つ一つ手渡していきます。それは上司から部下への権限移譲なんかじゃなくて、時代が次に移るそのものじゃないかと思います。少しずつ少しずつ、僕から子供へ役割をどんどん移していく。やがて僕の方に傾いていたシーソーが逆に子供の方に傾いて、時代の主役を担っていく。写真を通して時代の移り変わりを実感しました。願わくば、シーソーが完全に息子に傾いた頃に、息子たちの活躍を手放しで見守れるようになりたいですね。
今回の旅で撮った、僕の「いい写真」、長男が四男を抱っこしてひまわり畑を眺めているシーンです。
僕にとって「いい写真」とは、人生のかけがえない瞬間を残した写真です。
つい数年前まで、僕が長男をこんなふうに抱っこしていたのに、いつの間にか役割が移っていました。時代の主役が僕から子どもたちに移っていく、その節目としてずっと記録される写真です。
あなたにとって「いい写真」とは何ですか?
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