9/10 虫

部屋に虫が出るといまだに「わっ虫だ」と思ってしまいます。

部屋に虫が出るというのはよくあることで、実家に暮らしてた頃は甘えた顔で「パパ虫が!」と叫んで父親の背中に隠れてプルプル震えていればなんとかしてもらえたのですが、一人暮らしとなってくるとそうともいかず、毎回誰の背中も借りずに1人で手を焼きながらやっぱりプルプル震えています。

勝手にプルプル震えておいてなんですが、実は僕には虫が大好きで大好きで仕方がなかった時期があって、結構自分の中でインパクトの大きな時期として心に残っています。(小学2年生の時だから14年前の話)

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当時は学校で「虫とり」の授業があった事なども重なって、もう毎日夢中で昆虫の背中を追いかけたり標本を作ったりして過ごしていました。その『あまりにも』な様子を見かねたのか、8才の誕生日には両親からバースデープレゼントとして学研が出してるXLサイズの巨大な昆虫図鑑(80kg)を頂きました。(ケーキの火を消した後にクソデカ昆虫図鑑が登場したので一同大爆笑)

図鑑を手に入れてからの僕は熱意に知識がプラスされた昆虫狂人としてさらに拍車がかかっていき、当時みんなの間で「バナナムシ」と呼ばれ親しまれていた黄色い小虫を指さしては「これは本当は『ツマグロオオヨコバイ』っていう名前の昆虫で、カメムシの仲間なんだよ」と天才子役顔負けの長ゼリフでバナナムシにとってこれ以上ないネガティブキャンペーンを敢行し、矛先がどちらに向いてるかよく分からない「キモっ笑」という感想を友人から貰っては何故か悦に入って満足げに帰宅していました。

その頃になってくると僕の昆虫熱はいよいよ歯止めが利かなくなり、もう足が6本生えてればなんだって愛せますわみたいな無差別博愛の”ゾーン”に突入したあたりで、みんなが忌み嫌う昆虫のA代表としてもお馴染みの毛虫を沢山集めて育て始めるようになりました。

『家に大量の毛虫を持ち込む』という事なのでもちろん家族たちはかなりざわざわし始めて、家庭内が毛虫派(おれ、父)と反毛虫派(母、姉)、中立気取りのフニャチンスイス野郎(兄)の3つに分かれて少しだけ溝が出来ました。(兄みたいな立場の取り方がいちばんしょうもないと思ってた)

結局父親がこんな時に限って見せつけた大黒柱としての威厳のおかげでなんとか飼育にこぎつけた毛虫たちは、リビングから最も離れた場所に位置する霊安室のように年中冷気の漂った薄気味悪い父の部屋(本当に大黒柱だったのか?)でのみ、うねうね動くことを許されました。

毎日欠かさずエサや水などを与え続けたおかげで無事にすくすくと成長した毛虫たちは、その努力の甲斐もあってなんとか全員成人イベントの羽化までこぎつける事が出来ましたが、そのアッパレな晴れ姿を全力でお祝いしたいのに、羽化した風貌になんだか妙に嫌な既視感を覚えます。

例の巨大図鑑(125kg)を慌ててめくると、自分が手塩に育てた個体と全く同じ写真の下にはゴシック体で太めに書かれた「ドクガ」という悲劇的な記述がありました。それはもう文字通り毒を含んだ蛾である事を意味していて、名前の横には赤くて大きなバツ印(これはもうかなりチョベリバな昆虫しか貰えない)が勲章のように輝いています。

今思えばそんなことは大したことじゃないしせっかく育てたのだから素直にその成長を喜んでおけばいいだけの話なのですが、当時はなぜか愛息が犯罪者になってしまったみたいな失望感があってしばらく立ち直れなくなるくらいにへこみました。

「手塩にかけて極悪昆虫を大量に生産してしまった」事実がジワジワと僕を苦しめ、その日を境に極度の「昆虫不信」みたいな状態に陥りました。昆虫より人間の方が100倍信用できそうな気がした(今考えれば全然そんな事ないが)僕は、そこから次第に昆虫から距離を取るようになってしまいました。

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そんな経緯があるので僕は「わっ虫だ」と思ってもその次には「なんの虫だろう?」が湧いてきてしまいます。大学入って調子こいて髪を伸ばし、パーマをかけても心になおあの頃の昆虫魂をわずかではあるが持っているのが少し可愛いと思います。(そうだろ?)

結局根っこの部分で虫を嫌いになれない僕は、家に虫が出ても絶対に殺さないで外に逃がしてあげると決めています。「殺さない」というよりかは「殺せない」に近く、虫を潰した時の「死音(ティッシュとかでぎゅっとした時鳴るヤツ)」を聞くのも嫌だし、殺虫剤なんかを浴びてのたうち回る虫の断末魔を目の当たりにするのも申し訳ない気持ちになります。

わざわざ殺生しないでもいける所がアンダーテイルみたいでいいやんけとふと思いましたが、そういえばあのゲームあんまり楽しくなかったので売っちゃいましたね。ポケットモンスター・エメラルドの方が面白いと思います。

昆虫の逃がし方は実にシンプルで、紙コップ片手にターゲットの昆虫を羊追いの如く部屋の隅まで追いやったところで、今度はフェンシングの要領で腕だけを素早く伸ばしてターゲットとの距離を一定に保ったままカップイン。あとは窓を開けてゆっくり外の世界に帰してあげて、めでたく全てはまるくおさまります。

犬がおれで羊がターゲット(虫)。軽やかな足取りでターゲットを隅に追い詰める。

剣みたいなヤツが紙コップ。思い切り踏み込んで一瞬でターゲットを仕留める

今回のターゲットは真っ黒い上に動きが速く、かなり細いので「ゴミムシ」の一種と思われます。ゴミムシは毎回見る度に名前の失礼さに驚かされますが、ゴミムシサイドはどう感じているんだろう。YouTubeでみた「『悪魔ちゃん』命名騒動」とかをぼんやり思い出しながら、無事に外へ逃がすことが出来ました。これにて一件落着。お祝いにゴミムシ模様の大花火が打ち上がります。(たまや~!)

昔大好きだった昆虫の事を思い出しているといろんな感情が入り混じってかなりぼんやりした気持ちになってしまいました。

かなり『恋バナ』っぽいカテゴリに残っている思い出なので、もし今度面倒くさい人間から過去の恋愛話などをつらつら聞かされた時には「俺も昆虫で似たような話があってサ・・・」と水を差して、大量の毛虫で話の腰をへし折ってみようかなと思います。

おしまい

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