9/16 教習
先日めでたく教習所を卒業させてもらった。仮免合格の時は相当気持ちもハイになったものだが、卒検くらいになってくると自分の運転技術に確かな自信を持っているからなのか案外落ち着いている。
つい5日ほど前まで卒検を受ける=免許証がもらえるだと思っていた(免許証というのは卒検合格後に免許センターまでわざわざ赴き学科試験を受けないと発行されない。しかも平日しか受けれないという。やべーだろ。)のでなんともサッパリしない感じはあるのだが、もう教習所に行けないんだなと思うとちょっぴり寂しい気持ちもある。
教習所に通い始めたのは8月の頭くらいなので、約1カ月半ほどで教習人生を駆け抜けたことになる。あまり言っていなかったが去年から週5で働いていたので、平日は仕事帰りに教習、休日も朝から晩まで教習と体の芯まで教習に浸かった生活をしていた。この話を聞いた大抵の人は「気味が悪い」「バカか」といったリアクションをし、会社の人からは「いわゆるマゾヒストなのですか?」と会社じゃあまり耳にしない単語を使って驚きを表現された。
そんな教習人生を振り返ってみて印象深いのはやはり教官との思い出だ。初めての技能教習で担当になったのは50代くらいの男性教官だったが、緊張しながらハンドルを握る自分に対して「中央線はみ出したらマック奢れよ?」や「道譲るのは可愛い子だけでいいからな?」といった『最近はそういうのやめた方がいいですよね』とみんながうっすら思っている物言いを平気で連発してきた。この人以外にも高圧的な態度や不明瞭な指示で自分の感情を逆なでしてくるタイプの人間が非常に多く、何人もの教官と口論になってしまった。助手席でブレーキを踏んでるだけのくせにどうしてあんな「ワールドイズマイン」といった態度になるのか理解が出来ないが、教習所へ行くたびに次々とむかつく教官が湧いてくるので、もうここはそういう打ち出の小槌みたいな施設なんだと割り切ってその不快さを正面から受け入れていくことにした。
正面から受け入れるということを意識してからは変に反抗したり言い返したりせず、素直に相手に向き合うことを心掛けた。そうするとなんとも不思議なことに、これまで何をやっても自分の揚げ足を取ってきたあの憎き教官たちがこぞって態度を変えて優しくなってきた。これはどういうことなのだろうと思って考えているうちにハッとしたのだが、自分の態度を改めた結果相手の態度が良くなるというのは、単にそもそも俺の態度がくそだったことがすべての原因だったのではないだろうか。やっぱりそうか、すいません、これ普通に俺がくそなだけでした。俺のくそな態度が教官それぞれの不快さを余すことなく引き出していたらしい。人間嫌なことをされたら嫌なことを返すのは当たり前だ。コミュニケーションは鏡なのだということをハンドルを握りながら学ぶいい機会になった。
そういえば送迎バスでも似たような出来事があった。教習所へは直通の送迎バスが出ているのだが、その運転手の「こんばんはー」という挨拶を雑に返したら眼球が破裂する勢いで目を血走らせながら「こんばんは!(ぶち殺すぞ)」と返してきたことがあった。これも最初はなんだジジイ!と思ったが今思い返せば前述の通り自分がくそなだけだったと思う。動物園で襲い掛かってくる動物なんかもこっちが刺激しなければ襲ってこないわけで、まあ今無意識のうちに教習所スタッフを檻の中の動物に喩えてしまったが、こういった自分の非礼さが何人もの人の邪悪な一面を引き出していることは今後も覚えておかねばならないと思った。
教習所で過ごした1カ月ほどの間は、毎日のようにいろんな感情が刺激されて楽しかった。この気持ちを揺さぶられる感覚はまさに「学校」といった感じだ。毎日の生活に退屈している無免の方は、ぜひ教習所に足を運んで車輪の付いた青春を体験してみてほしい。
そういえば今日は1カ月半ぶりに髪を切りに行った。前回行ったのが教習所に行く前の7月末だったので、髪が少しだらしなくなる間に教習所の全過程を終えていたことになる。このことを理容師に伝えると「いや~…笑」と言いながら商売道具のハサミを置いてしばらく黙り込んでしまった。このリアクションが快感だったので、次行くときからは毎回「子供生まれました」「家建てました」のように何か成し遂げた状態で散髪し、眉毛を整えてもらうことにしようと思う。
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