マイコの場合⑨
結局、高校へは行かないことに決めた。行っても絶対に勉強なんてしないだろうし、それでなくてもママはお金がもったいないって言っているから、これ以上無駄なお金は使わなくてもいいと思った。担任の先生が就職先を探してくれて小さな食肉加工工場で雇ってもらえることになった。そして何とか卒業もできた。
ママは給料が安いと文句を言っていたし、これからはいくらかママに渡せとも言った。でも結局、私はその工場を半年くらいで辞めた。職場にいたおばさんたちと肉の匂いと腕も切り落とせるような機械が怖かったから。
マリコの紹介で小さな喫茶店で働くことになった。あまり人と話すのが得意ではないから、本当は嫌だったけれど、選べるような立場ではないことは何となくわかっていた。昼間の5時間くらいしか働けなかったから大したお金はもらえなかった。それでもお昼にはまかないが出て、それをみんなで食べるのは楽しかった。
給料はほとんどママに渡していた。前の職場よりも更に少なくなってしまったことがママにはとても不満のようで、もっと給料のいいところで働けと顔を見るたびに言われた。
16歳になるとマリコが日本国籍を取得する手続きをしてくれた。この時初めてマリコとママは会った。マリコはパパのことをママに聞いたけど、ママはすごく怒った。どうしてそんなに怒るのか私にはわからなかったけど、パパのことを悪く言われるとまるで私が悪く言われているように感じて嫌だった。
「パパに会いたい?」と、マリコに聞かれた。正直なところ別にどうでもよかった。会いたいという気持ちはあるけど、どうしても会いたいというほどではない。どんな人か想像をしたこともあったけれど、ママの話のパパはひどい人で、生まれたばかりの私を捨てた人なので、今更私が会いに行っても喜んではくれないだろうとも思っていた。そうなると私はなぜ生まれてきちゃったのだろうと思ってしまう。ママは「私が一人で育てた」と何か言えば言うけど、私がママの存在を知ったのは日本に来るちょっと前のことだったし、日本に来てからも普通のママみたいなことをしてもらったことはない。
ようやく日本国籍が取得できた。今までマイコはカタカナだったけど、麻衣子という漢字の名前になった。意味はないけど、何となくかっこよかったから自分でこの漢字に決めた。そしてマリコに手伝ってもらって日本のパスポートも取得した。マリコはこれからは何でも一人でできるようにならなきゃだめだよ、と言って、いろいろなことを教えてくれた。