マイコの場合⑭

パパはママとのことは話さなかった。そして体の具合が悪くて入退院を繰り返していると言った。「マイコを助けてあげたいけれど、力にはなれない。今まで放っておいたこと、そしてこれからもきっと助けてあげられないこと、本当に申し訳ないと思っている。」と、パパは言った。

私はパパがママの言うようなひどい人だとは思えなかった。パパとママの間に何があったのかはわからないけど、今までママと暮らしてきてパパに同情する気持ちもあったのかもしれない。何よりパパは私を嫌っているわけではないことが私には嬉しかった。

マリコの働いているNPOで紹介してくれたのは、岡山県の介護施設だった。まだ未成年なので、正式な職員ではないけれど、私さえよければすぐにでも来てほしいとのことだった。私のようなフィリピン人とのハーフがすでに何人かいて、みんな夜間の高校に通っているそうだ。そして高校を卒業して、希望すれば看護学校への進学も支援してくれるそうだ。

ママに黙って出ていくことに不安はあった。でもマリコの言うように、私は自分の人生を歩んでいかなければならない。今までだって一人だったんだ。今更ママから離れることで寂しいことはない。

そしていよいよ出発の日。ママはいつもように夕方に起きてきた。不機嫌そうに私を見て、マイケルとはどうなった?と聞いてきた。私は何も答えずにいた。「まったく!」とママは吐き捨てて家を出て行った。私はママに「いってらっしゃい!」と言ってみた。ママは振り向きもせずにそのまま行ってしまった。「バイバイ、ママ…」私はそっとつぶやいた。

「荷物はこれだけ?」迎えにきたマリコは驚いて聞いてきた。ビデオコールで面接した人は「何でもこっちにあるからね、何にも持ってこなくてもいいからね。」と言ってくれた。もともと大事なものなんかないし、洋服だってそんなに持っていない。小さなボストンバックでも余るくらいだった。

新幹線の駅までマリコが送ってくれた。そして岡山についたら、施設の人が迎えにきてくれているから、と言って抱きしめてくれた。「元気で。困ったことがあったら連絡して。」私はまた泣いてしまいそうになったので、何も言わず頷いた。

これからどんな暮らしになるかもわからない。仕事だってちゃんとやっていけるかわからない。でもいつかマリコに言われたように、私は私の人生を生きていくって決めたんだ。ママに振り回されて生きてきた今までの時間はもったいなかったと思うけど、あの時間があったからこそこの決断ができたんんだと思う。

暗くなった車窓は鏡のように私を映した。そしてもう一度、バイバイ、ママ、とつぶやいていた。(終)

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