マイコの場合⑥
マリコに言われたことが引っかかってママにいろいろ聞いてしまったけど、ママが怒ることは何となくわかっていた。
私はこの頃、「ふつう」というのは何だろうっていつも考えていた。明らかに私とママの関係は「ふつう」ではないと思っていたけど、私の周りにいる人たちも割と「ふつう」からかけ離れているように感じていた。クラスで一言も話したことのない、両親が日本人で、授業にもついていけて、高校はどこに行くとか、誰が誰が好きなんだとかそういう話ををまったく無邪気に語っているような子も私にとっては「ふつう」ではなかった。
もしちゃんとパパがいたなら私は「ふつう」になっていたんだろうか。でもパパに会いたいとか、パパがいなくなってしまったことに対しては本当に何も感じていなかった。
そんなことをある日、マリコに話した。そしたらマリコは「戸籍謄本って知ってる?マイコはさ、日本人なの?フィリピン人なの?」と聞いてきた。戸籍謄本なんて言葉、この時初めて聞いた。私が何人か?私自身すぐに答えられなかったし、考えれば考えるほど答えられないことに驚いた。
自分が何人か?なんて考えたこともなかったかもしれない。フィリピンで生まれたけれど、今更フィリピンで生活していくことなんて考えられない。でもだからといって日本人だとはっきり言うこともできない。答えられずにいた私をみてマリコは、そういうことじゃなくて、日本国籍を持っているのかと聞いた。でもそれもわからなかった。
「日本のパスポート、持ってる?」マリコは私の顔を覗き込みながら聞いてきたが、パスポートはママが持っているからわからない、と言った。マリコは少し怒ったように「マイコさ、自分のことちゃんと知らないとあんたもママみたいに流されて生きていくことしかできなくなるよ!」と言った。この時、マリコがなぜ怒ったのか私にはわからなかったけど、今になってみれば何となくわかるような気がする。
ママの機嫌のいいときに、自分のパスポートを見せてもらったら、私はフィリピンのパスポートしか持っていなかった。ママの出してきたクリアファイルの中に古い戸籍謄本というのもあった。パパの名前は山本誠ということをこの時初めて知った。ママと2003年3月20日に結婚していたことは書いてあったけど、私の名前は載っていなかった。つまり私はフィリピン人だった。(続く)