もうひとつの土曜日 浜田省吾 [歌詞]
概論
主な登場人物は「彼」とその彼女と思われる人物、そして歌詞において一人称である主人公の3人であり、歌い手がその彼女に対して話しかけるように展開している。彼のことを待っているのに期待を裏切られる彼女に対する主人公の心情を追っていく。
1番
静かな曲の始まりにふさわしい、落ち着いた語り口の歌詞。待ち続けてもその彼が連絡してくることはない、その時の彼女の寂しさを無闇に扱わず、彼女が壊れないように優しく寄り添っている。
ここで、主人公と彼女の距離感が判明する。二人は同じテーブルの向かいに座っている。二人きりでどちらかの家にいるのか、それとも二人で喫茶店にでも訪れているのか。どちらにせよ、二人が親しい関係であることがわかる。ここで君=彼女は笑っているが、当然この笑いは強がりであって、彼女が主人公に心配させないように笑っているのだろう。また、彼女自身が彼との関係性に対する自信を失わないよう、自分を非力ながらも励ましているのだとも受け取れる。でも彼女は不安やハリボテの自信に耐えきれず涙を流してしまう。瞳いっぱいに浮かぶ涙を、「瞳ふちどる 悲しみの影」と暗喩している。涙を単なる悲しみではなく、「悲しみの影」と表現することで、彼女の悲しみが暗く、そして深刻なものだと教えてくれる。
彼との関係の如何に関わらずただ日は流れる。ただし、彼を待つ彼女の不安定さでは周りの環境に流されるばかりで、それでも彼女は毎日を過ごしていく。
彼女が毎日を過ごしていられるのは、彼女を不安定にさせている彼がいるから、彼に会えるから。彼女を不安定にさせている彼が、なんとか彼女を保っている。このアイロニーがひどく寂しい。おそらく彼女は薄々それに気付きながら、自分になかなか構ってくれない彼との僅かな時間を生き甲斐として、なんとか週末まで耐える。その1週間をつなぎ合わせて、1ヶ月、1年と過ごしている。
これまで、彼女に優しく寄り添って、彼女の悲しみを共感していた主人公。しかし、ここでいきなり核心的なことに触れる。すでに彼は彼女に対して想いを向けていないのだから、彼を忘れることが自分を守ることにもなる。論理的には正しくても、彼女がそんなことを受け入れられるはずがない。忘れたくても忘れられないし、頼りたくないけど頼らざるを得ない。そんな彼女に対する”正しい”アドバイスが彼女を助けられはしない。でも、主人公も本気で彼女を守ろうとしている。
主人公も彼を忘れろというからには、それに代わる慰めが必要だと感じたのだろう。君=彼女のことを待っている人がきっといるはずだと。でもここでは「君のことを 待っている」ではなく、「君のことを 待ち続けてる」となっている。街のどこかにいる人が「待ち続けてる」ことなんてどうやったらわかるのだろうか。これが伏線になっている。そして「振り向いて 探して 探して」と続く。いかにも、主人公が彼女を待ち続けている人を知っているかのようだ。
2番
君=彼女のことを想っていたのが主人公だったことがここで明らかになる。1番の最後の伏線をしっかり回収している。待ち続けていたのは、他の誰でもなく主人公自身だったという訳だ。しかし、主人公の想いは単純ではない。彼女に振り向いてもらえれば自分の想いは通じたことになり、喜びを感じられる。しかし、それは同時に彼女を彼から完全に引き剥がすことである。彼女の彼への想いを絶やすことで、彼女は悲しまないだろうか。彼女を悲しませることは自分にとっても悲しい。本当に彼女に想いを寄せることが良いことなのか、思案が続く。
君=彼女が彼のことを忘れられるように、裁判官みたく彼女の人生を定めることが本当に彼女のためになっているのか。彼女の真の幸せを考えると、自分の心が苦しくなる。
一人で色々考えていると傷心してしまった。だからいっそのこと彼女と夜を過ごしてみる。他人のオンボロ車だし、特に行き先もないから海まで走る。彼女に自分をアピールするためではなくて、二人で悲しみを共有するために車を走らせたい。ただ二人で過ごしたい。
主人公自身が彼女に強く言い寄らなければ、彼女は彼のことを諦めないだろう。彼女と過ごせるかどうかは主人公にかかっている。今後彼女を誘うことはないかもしれない、だけど今はただ一緒にいたい。彼女だけを見つめている時間が欲しい。全てのことを忘れて彼女だけを、純粋に。
主人公は彼女の幼馴染なのだろう。彼のことを忘れられない彼女に、自分の積年の思いは響くのだろうか。自分は彼女のことを知っているだけで、彼女の希望を叶えられる存在ではないのかもしれない。近くにいる存在だけに想いは強いものの、彼女にしてあげられることは何があるのだろうかと考える。
自分ができるのはただ彼女のそばにいて、彼女の助けになること。直接彼女を満たすことができる存在ではないのを認識している。でも彼女のために。そして彼女のそばにいることがただ嬉しい。
ただそばにいることしかできないけど、それでもいいならずっとそうしていたい。その証に、指輪を、そして自分の心を受けとってくれないか。こうして、主人公の彼女への純粋な願いで曲は終わる。
振り返り
浜田省吾の代表曲であるこの曲は、一言で言うなら「1人の男による思慕の苦しみ」といったところだろう。主人公は、彼のことを諦めきれない彼女を助けたい気持ちと単純な彼女への想いとが自己の中でぶつかりあって苦しんでいる。それでも最後は彼女に対する想いを純粋に伝えて終結している。考察しているうちに主人公に同情してしまうような歌詞の書きぶりは流石といったところ。時代を超えて愛される名曲たる所以だろう。