満月

 自宅からとある場所に向かうため、私は自転車に乗っている。油を差していないせいか、ぎぎぎぎと音を鳴らしているそれをギア6で漕いでいる。そのときはpm6時くらいで、辺りは暗い。ついこの前まではまだ明るかったのに、最近は真っ暗に変身している。いつからこんなに日が落ちるのが早くなったのかい、とびっくりして出たため息の色は、白かった。

 その日はいつもと違い少し明るかった。

街灯の数が増えた?
 ー違う。
後ろから車が来ている?
 ー違う。
何かいいことがあったっけ?
 ーもっと違う。
 ーそんなわけないでしょ。

と脳内対話を悶々としながら、辺りを見渡すと答えは見上げたところにあった。

ー今日は月が満月なんだ。


赤いランプが連なっている。暗く冴える空気の中で、それらは一段と映える。それが信号機の黄色、赤、青、もしくはコンビニの看板の緑、歯医者さんの白い看板などと相まっていて、そこはイルミネーションと化している。

そんな平日の車の行列を横目に、私は抜かしていく。ぞろぞろと歩く彼らの横を、さーっと私は通り過ぎる。若干の気持ちよさを感じながら、青の矢印の上を通って坂を下っている。赤信号で止まると、右手上空には満月が遭った。さっきは左側にあったのに、なんで右側にあるのかな、と怪訝に思っていると、横に幼児を乗せて電動自転車を運転している母親がそこにはいた。

彼女も右手を見て、「今日は大きな満月だね~」と子どもに話していた。すると、その子どもは両手を伸ばしながら、「遠い~」と言った。

そんなしぐさを見て、子どもの想像力はかわいいなと感じ、にこやかになった私。そんな諦観とは裏腹に、その子は月を掴もうと補助席から身を乗り出していた。目はギラギラ輝いていた。

母親が子どもを正しく座らせた後、青に移った信号を確認し、すーっと去っていった。坂もすいすいと難なく上って行った。

ちょっとあと、私は漕ぎ始めた。ぎぎぎぎと音がした。

 
 

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