最近、逆にBUMP OF CHICKENに付いていけない話
先日、一緒に音楽マガジン(?)を書いているゆざめ君が、BUMP OF CHICKENについての記事を出していました。アルバム「RAY」前後を契機とした、バンドの作風(というか姿勢そのもの)の転換に戸惑い、また和解するという話です。詳しくは記事を読んでね。
というわけで、ゆざめ君は、めでたくバンプと和解したわけなんですが、今度は、私の悩みを聞いてください。
実は、私は、「逆に」最近になって、バンプの新作についていけなくなってきました。遂に。どうしよう……。
私の中でのBUMP OF CHICKENの位置付け
詳しい話をする前に、私の仕様もない昔語りにしばしの間お付き合いください。
今でこそ結構贔屓にしているものの、まあそもそも、別に、私自身は、バンプの古参ファンではないんですよね。
私は、もともとピアノ→クラリネット(吹奏楽→オーケストラ)と、ベッタベタな一般中産階級音楽教育の影響を受け、長らくクラシック畑の人間として育ってきました。もちろん、ポップスやロックを嫌っていたわけではなく、(特に音楽オタクではない人の)平均程度には聴いてきましたが、幼少期からかなりの期間、自発的音楽リスナー生活の中心は、クラシックでした。
さてはて、そんな中、きっかけは忘れましたが、とにかくなんらかの拍子に、件のゆざめ君から、2013年発売のベストアルバム『BUMP OF CHICKEN I <1999-2004>』と『BUMP OF CHICKEN II <2005-2010>』を借りたんですね。
当時、サブスクなんてものもなかったので、当時愛用していたiPod第五世代(無印)と、家の倉庫から発掘してきた年季物のディスクマンが、私の音楽生活の中心でした。
で、まあそうなると、曲数が多いベストアルバムって、シャッフル再生でも当たる確率高いし、自然に、よく聴くアーティストになっていったのでした。
こうして、単にたまたま家にCDが転がっていた入っていたという理由で聴いていた、ビートルズ、サザン、スキマスイッチに加え、バンプもヘビロテの中に組み込まれたのでした。
もちろん、その後音楽の趣味嗜好も大きく変わってきましたが、クラシック音楽以外では、これら4つのアーティストが、私の耳を作り、今でも様々な音楽を聴く際の基準点になっているような気がします。
(もっとおしゃれな耳だったらと思うことも多々ありますが、まあこれは、過去なので変えようがないですし、おそらく、このまま死んでいくしかないんだろうな、と思い、現状を諦めつつ楽しんでいます)
ところで、スキマスイッチってすごいアーティストですよね。結構後世に与えた影響は大きいんじゃないかと思ってます。今度記事書きます。
件のアルバム『RAY』の受け止め
さてはて、アルバム『RAY』が出たのは、2014年のこと。ビートルズ、サザン、スキマスイッチ(+α)という謎ローテーションに、バンプが追加されたのと時期を前後するので、『RAY』は、特段違和感なく受け容れました。
というものの、音作りこそ絶え間なく変遷しているものの、ちょっとクセのあるメロディー、割と単純めだけど手癖のように分数コードが顔を出す進行などの、(私の思う)バンプらしさと地続きだなと思ったからです。
最近、遂にバンプに着いていけなくなってきた
とまあ、こんな感じで、古参ファンでもないものの、自分の中で、ちょっと他のアーティストとは違った位置付けだったBUMP OF CHICKENですが、最近出てくる曲、ことごとく受け付けないなという感じがするんですよね……。
相変わらず世間的に評価されているにも関わらず、懐古主義的にケチをつけるようになったら、老害の始まりで、人間として終わりだと常々思ってはいるんですが……だからこそ、自分の感覚が世間とずれてきたのかと、めちゃくちゃ焦っています。
何が違和感があるって、メロディーですよ!メロディー。
正直私は、音楽理論そんなに詳しくないので、この違和感の正体が詳細に分析できないのが、ちょっと悔しいんですが……いうなれば、「調性感のないメロディーが増えた」というか、「メロディーとコードがしっかりくっついていない」と感じるんですよね。
確かに、昔からバンプのメロディーって癖があるのは事実です。おそらく手癖で入ってきたのであろう、外れた音って多いですが、なんというか、その比率が上がってきたのか、はたまた外れたあとの、和音の解決が気持ちよくないのか。
いや、多分、技術的には、そういうことじゃないんですよね。何がスッと受け容れられないんだろう。モヤモヤはあるのに、しっかりと分析してお伝えできないのがもどかしい。
勝手に私がもやってるだけってのはわかってるんですが……。
お前、本当にこれが「いいメロディー、いいコード進行」だと思ってるのか!!!!!(ハァ…ハァ……)ちょっと、世の中に引きづられて、「良さ」よりも「(作曲上の)テク」に走ってないか!?と思ってしまう。(伝われ)
例えば、これ↓とか
これ↓とか、
これ↓も、そうだよ!!特に、サビどうなっとんねん。
というか、こんな感じ↓の、割とバンドアレンジの曲でも、ちょいメロディー、テクり過ぎじゃね?と思ってしまう。
……どうなんでしょうね。
今となっては、私には判断がつきません。
初めてバンプを聴き始めてからしばらく、その間に、シューゲイザーやら、現代クラシックやら、雅楽やら、ワールドミュージックやら、もっと突拍子のない音楽も摂取して、消化してきたつもりなのに、ここにきて突然バンプを消化できなくなっている。
よくよく聴いてると、ずーっとメロディーの複雑性は、ちょっとずつ上がっているとも思うので、突然私の中の何かの閾値を超えてしまったんでしょうね。
そもそも、今では評価の固まっているアルバム『COSMONAUT』が出たときにも、「バンプは変わってしまった」勢はいっぱいいたようですし、ゆざめ君も引用している地下室の記事によると、「ファン、総入れ替わり」しているそうですし、私もついに入れ替えられる側になったってことですかね。悲しい。
そうなると、あと私に残された道は、老害が発症しないように、静かにしていることだけなのか……。
またアルバムとして通しで聴くと変わってくることもあると思うので、次アルバムまでは判断を保留していますが、不安でいっぱいの日々で、夜しか眠れません。
ゆざめ君含む、仲間うち3人で、音楽悲喜こもごもをお伝えしています。ご贔屓に