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架空の『銅閣寺』を作って修学旅行生釣ろうぜwww


はじめに

このnote、小学生に読ませたい文章やなあ。(京ことば)

本題

ふぁい、と申します。

YouTubeチャンネル『トーカーズ TALKERS』のメンバーです。

普段は気ままなペースで動画をあげているので、半年以上上げていません。
いずれ上げたいなあ……。

noteでは、YouTube向きじゃないネタを書いています。
自分(だけ)が面白いと思って書いているnoteなので、同じ思いの(0)人が、楽しんでくれていると幸いです。

本noteは、趣味99%、アカデミック2%、お笑い3%でそこそこ不真面目に架空の寺を創作してみる回です。


アイデアの渇き(動機)

突然だが、国際信州学院大学、という大学を知っているだろうか?
国際観光学部、国際コミュニケーション学部等で構成される、長野県にある大学である。

……嘘である
国際信州学院大学は、おそらく日本で一番有名な「架空の」大学である。
2ちゃんねる(現5ちゃんねる)のとある板に立てられた、「受験シーズンだし安価で架空の大学を作って受験生釣ろうぜwww」というスレッドで生み出された。

私もこのような「設定」を組み上げて架空の何かを生み出したいと常々思っていた。その欲の集合がこのnoteである。
……嘘である
ただの思い付きである。YouTubeで動画周遊していた時に、たまたまこのスレッドをまとめただけなのに我が物顔で自分の創作物と主張する狡い動画が流れてきただけである。

その動画を見つけた瞬間に、今月のnoteはこのスレッドの真似事をしよう、と即決し、着々と準備をした。
……嘘である
本来は「レミオロメンと同じ方法で名付けをしたい」という題のnoteを書くつもりだった。しかし認識違いのせいでポシャって、何をするかを急に考えた末の間に合わせである。

書くネタが決まったところで、後は何を創作するかを考えだす。元スレと同じように大学を創作するのは芸がない、なので悩む。
ちょっとだけ悩んだ後に思いつく。京都人の誇り、寺院仏閣を創ろう、と思い立つ。
そう決めたのなら話は早い。京都七千不思議の一つに、金閣、銀閣があるのになぜ銅閣がなぜないのか、というものがある。
……もちろん嘘である
まあ非実在な京都七千不思議の0.014%を解決するのも大事だろう。銅閣を創作することに決めた。

このnoteでは、元のスレッドのようにボケ倒すこともないし、noteの題のように誰かを騙すつもりもない。大不真面目に銅閣を生成していく。
正直、とても嘘が得意なので自信満々である。
……嘘である


理論のよろめき(銅閣は実在する話)

本題に入る前に、少しだけ補足。
実は、銅閣は存在するのだ。
祇園に、大雲院という寺院がある。その中に、祇園閣という建物がある。そこが銅閣、と呼ばれているのである。
1928年に大倉喜八郎が作らせたらしい。

銅閣(祇園閣)。大雲院公式HPから引用。

だが、そんなのは無視して、新しい銅閣を勝手に創る。


銅の時代(本題、銅閣をつくる)

ここから本題、銅閣をつくっていく!

0.ビジュアル
とりあえずAIに、銅色の寺を描かせてみた。

作:AI。結構写真に見える。

紆余曲折、AIとの格闘の末、出来上がった画像が上記だ。

E)AIさん、中国の寺に近いビジュアルになったのなんでだっけ?
T)ええと……、「日本」というワードを入れなかったからだね。
E)一番上にやや卑猥な物体が乗っているのは?
T)……ビジュアル指定が一切ないからだね。
E)もひとつ質問いいかな?銅色要素、どこ行った?

「copper color」と指定したのだが、上手くいかなかった。でもまあ、銀閣も銀色じゃないしいいや。味だ。

1.名前
銅閣、という名前があるではないか、と思われる方がいるかもしれない。が、そもそも金閣や銀閣は正確な名前ではない。金閣は「鹿苑寺(ろくおんじ)※」、銀閣は「慈照寺(じしょうじ)※」という正式な名前がある。というわけで、銅閣も正式名称を決めておこう。
悩むまでもなく即決した。AIに画像を作って貰ったので「叡愛寺(えいあいじ)」としておこう。
叡、という漢字が天子に対する尊敬のニュアンスを含んでおり、天皇の寵愛を受ける寺、みたいな感じで程よく雰囲気が出る名前になった。

※より正確には、それぞれ「北山(ほくざん)鹿苑寺」「東山(とうざん)慈照寺」という。「叡愛寺」についても、後ほど変更する。

2.場所
次は場所を決めていく。
正直、どこでもいいのだがそれっぽいエピソードを加えるために、金閣、銀閣と等距離においてみることにする。

下の黄色い〇のあたりのエリア

京都駅の近く、住所を京都府京都市南区東寺東門前町に設定してみた。すると三点のほぼ中央に御苑があり、これまたちょうどいい。
設定した場所が街中なので、AI生成画像の山奥っぽい景色と矛盾する。そもそも京都は、北、東、西に山があり南には山はないのだが、南に山があるということにしてしまおう。細かいことは気にしない方針だ。
ガッツリ平安京の内側なのも見ないフリだ。フリーダムだ。
こうして南山叡愛寺の場所が決まった。

3.歴史
誰もが知っているように、金閣は足利義満が、銀閣は足利義政が建てさせた場所だ。ならば勿論、銅閣も、足利氏の誰かに建てさせなければいけない。
15代将軍足利義昭が、征夷大将軍を辞したのち、豊臣秀吉に優遇されていた際に余暇として建てさせたことにでもしよう。
天下統一の2年後、1592年創建ということにしておこう。

4.建物の詳細
金閣は北山文化の煌びやかな装飾、銀閣は東山文化の慎ましくも美しい構造が知られている。
ならば南山文化で知られているであろう銅閣はどうするか。時代的に南蛮文化の影響は受けているはずだ。また、「貧乏公方」と呼ばれていた時代があったり、京都から一度追放されたりと、苦労人な印象のある義昭は、太平の世にはより豪勢なものを望み好んだのではないだろうか?
というわけで、南山文化を西洋的な美的感覚と日本文化をハイブリットにしたものと位置づけ、銅閣を組み上げていく。


銅閣寺(完成、紹介画像の制作)

ここまでで出来た銅閣をもとに、パンフレット的なものを作ってみた。

銅閣こと鷽月堂(うそつきどう)の概要
銅閣案内

嘘のあと(感想)

嘘を吐きたかっただけで、こうも長々と時間をかけてしまった。クオリティも高くない。だが、個人的には満足だ。
国際信州学院大学は全然超えられそうもない。小ボケの多さとクオリティには脱帽である。

楽しく嘘を創作しながら、低クオリティな嘘をつきながら、「生きようと私は思った。

おわりに

※筆者は日本史に疎く、うろ覚えな知識で書いているので、note内に間違いがあるかもしれません。すみません……。

このどうしようもない噓でできたnoteに、金賞や銀賞は与えられないけど、銅賞程度ならやるよ、という方がいらっしゃれば、ぜひYouTubeのほうも覗いてみてください。
まあ銅賞すらないんですけどね。銅閣もどうしょうもない。
……。

これからも挑戦は続く。ぜひチャンネル登録やこのnoteの評価をお願いしたい。

それでは、俺たちの旅はこれからだ!

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