
CSRDによって変わる製薬企業のサステナビリティーへの取り組み(CSRD/ESRS)
近年、企業のサステナビリティ(持続可能性)に関する情報開示の重要性が世界的に高まっています。なかでも注目を集めているのが、EU(欧州連合)が策定した「企業サステナビリティ報告指令(CSRD: Corporate Sustainability Reporting Directive)」と、それに基づく新しい報告基準「欧州サステナビリティ報告基準(ESRS: European Sustainability Reporting Standards)」です。
本記事では、CSRD・ESRSの全体像を整理しつつ、製薬業界にとってどのような影響や対応が求められるのかを深掘りしていきます。EU域外企業にも影響を及ぼすこの新制度は、企業のESG(環境・社会・ガバナンス)戦略を再構築する大きな契機となる可能性があります。特に製薬企業にとっては、気候変動や生物多様性だけでなく、患者への医薬品アクセスや従業員・サプライヤーの人権配慮など、多岐にわたる社会的責任が問われることになるでしょう。
この記事を通じて、CSRD/ESRSのポイントと製薬業界が取り組むべきアクションを包括的に理解していただければ幸いです。
CSRDとESRSの概要と開示要求
CSRD(企業サステナビリティ報告指令)の背景と目的
EUでは、企業のサステナビリティ情報開示を強化するため、**企業サステナビリティ報告指令(CSRD)**が策定されました。これは2022年12月にEU官報に掲載され、2023年1月5日に正式に発効した新ルールで、2014年施行の非財務情報開示指令(NFRD)を拡張・強化するものです。
CSRDが導入された背景には、投資家など幅広いステークホルダーからの「サステナビリティ情報の信頼性向上」や「企業間比較のしやすさ」を求める声があります。CSRDによって対象企業は、財務報告と同じレベルでサステナビリティ情報を報告・監査(第三者保証)する必要が生じ、社会的責任がいっそう明確化されることになります。以下にCSRDの主な目的をまとめます。
企業のサステナビリティ情報の比較可能性向上
標準化された報告基準(ESRS)を用いることで、投資家やステークホルダーが企業間の取り組みを評価しやすくする。サステナビリティ情報と財務情報の関連付け
サステナビリティ情報を財務報告と同時に開示し、企業の価値創造や経営戦略にサステナビリティを組み込む。グリーンウォッシュの防止
実態と乖離した「環境に配慮しています」アピールを防ぐため、サステナビリティ報告へ第三者保証(監査)を義務化し、信頼性を高める。EUグリーンディールの推進
サステナビリティ情報を可視化することでEUのグリーン成長戦略(グリーンディール)を後押しし、持続可能な経済への移行を促進する。
NFRDとの違い
CSRDは従来のNFRDよりも対象企業が大幅に拡大し、定量データの充実や罰則強化など、内容がさらに詳細化・強化されています。推計によれば、CSRD導入により開示義務を負う企業数は約11,600社から約50,000社へ拡大すると見られます。
開示対象企業の範囲と適用スケジュール
CSRDの開示義務対象は、EUの会計指令で定義される「大企業」(従業員250人以上、売上高4,000万ユーロ超、総資産2,000万ユーロ超の基準のうち2項目該当)や、EU規模の上場中小企業(マイクロ企業除く)が含まれます。また、非EU企業であっても、EU域内で1.5億ユーロ超の売上を上げ、EU内に子会社または支店を有する企業グループはCSRD準拠の報告を要求されます。
このように、EU域外の企業であっても無縁ではいられない点が大きな特徴です。
適用スケジュール
CSRDの適用は段階的に進められ、初年度は2024年1月1日以降開始の会計年度が対象(→2025年に初報告)となります。具体的なタイムラインは下記のとおりです。
2024年1月1日以降開始の会計年度(2025年報告)
既存のNFRD対象(従業員500人超の大規模上場企業や銀行・保険など)2025年1月1日以降開始の会計年度(2026年報告)
新たにCSRD対象となるその他の大企業、上場中小企業(マイクロ除く)2026年1月1日以降開始の会計年度(2027年報告)
上場中小企業(マイクロ除く)や小規模信用機関など(上場中小企業には2028年まで適用猶予オプション)2028年1月1日以降開始の会計年度(2029年報告)
EU内に拠点を持ち、売上高1.5億ユーロ超の非EU企業
上場中小企業やEU域外企業も徐々に対象拡大されるため、2025年以降、数年かけて企業規模を問わず広範に影響が及ぶ見通しです。
ESRS(欧州サステナビリティ報告基準)の構成と開示要求
CSRDで要求されるサステナビリティ情報の詳細は、独立機関EFRAG(European Financial Reporting Advisory Group)が策定した欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)に従う必要があります。このESRSは2023年12月に最初のセットが委任規則としてEU官報に公表され、CSRD対象企業は法的義務として従うことになります。
ESRSの全体構造
ESRSは「4つの報告領域 × 3つのトピック × 3層の開示要求」で整理されています。
4つの報告領域
ガバナンス
戦略
インパクト・リスク・機会の管理
指標と目標
3つのトピック
環境(Environment): ESRS E1~E5
社会(Social): ESRS S1~S4
ガバナンス(Governance): ESRS G1
3層の開示要求
クロスカッティング(全般的)基準(ESRS 1, ESRS 2)
報告全体に共通する原則や企業状況の説明などトピック別基準(環境 E1~E5、社会 S1~S4、ガバナンス G1)
例えばE1「気候変動」、E2「汚染防止」、E4「生物多様性」などテーマごとに詳細な開示要件が列挙セクター特有基準・企業特有事項
業種別の追加基準や、それぞれの企業が特に重要と認識する事項
ダブル・マテリアリティ(double materiality)
ESRSで強調される概念が**「ダブル・マテリアリティ」**です。これは、
企業にとっての財務的影響(例: 気候変動が収益に与えるリスクなど)
企業の活動が環境・社会に与える影響(例: 温室効果ガス排出やサプライチェーンの人権問題)
の両方向で「重要性(マテリアリティ)」を評価し、どちらか一方のみであっても重大と判断した事項は開示すべきとする考え方です。これにより、従来は財務的に小さかったため見落とされがちだった企業の社会・環境へのインパクトも可視化されます。
開示内容の例
ESRSは環境(気候変動・汚染・水資源・生物多様性・循環経済など)、社会(人権や労働条件、サプライチェーン、コミュニティ、顧客・エンドユーザー)、ガバナンス(内部統制、企業倫理、汚職防止、ロビー活動の透明性など)にわたり非常に広範な要素を求めています。特に**温室効果ガス排出量(Scope1,2,3)**や気候リスク管理(TCFD提言との整合)、多様性・人権対応などは細かく規定され、法的拘束力のある基準となっている点がこれまでのボランタリーなESGフレームワークとの大きな違いです。
CSRDにおける保証とデジタル報告要件
CSRDでは、サステナビリティ情報への**外部保証(第三者検証)**が義務化されます。当初は限定的保証(limited assurance)から始まり、将来的には合理的保証(reasonable assurance)まで水準を高める計画です。これは財務監査と同様にサステナビリティ情報でも正確性・網羅性が求められることを意味し、企業の取り組みに対する信頼性向上やグリーンウォッシュ防止に寄与すると期待されています。
さらに、CSRD報告は電子タグ付け(XBRL形式など)によって機械判読可能な形で提出することが求められます。こうしたデジタル報告要件により、投資家や規制当局が大量のサステナビリティデータを容易に比較・分析できるようになります。
CSRD/ESRSが製薬企業のサステナビリティ取り組みに与える影響(ESG視点)
CSRDとESRSはあらゆる業界を横断するフレームワークですが、製薬企業も例外ではありません。すでに多くの製薬企業が環境・社会・ガバナンス(ESG)課題に取り組んできたものの、CSRDにより報告義務が一段と厳格化されると、より包括的かつ詳細な対応が不可欠になります。
以下では、環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)の三つの観点に分けて、CSRD/ESRSが製薬業界にもたらす変化と求められるアクションをまとめます。
1. 環境(E)面への影響:気候変動から生物多様性まで
(1) 幅広い環境課題への対応強化
製薬業界は以前から温室効果ガス削減など気候変動対策に注力してきましたが、CSRD/ESRSでは汚染防止、水資源管理、生物多様性保全、廃棄物・資源循環など、環境領域をより広範にカバーする必要があります。製薬企業にとっても、水質汚染や環境中への薬物成分の排出など、これまで十分語られてこなかった領域がクローズアップされるでしょう。
(2) 気候変動への対応の加速
製薬・製造はエネルギー集約的であり、研究所やプラントの電力・熱源の使用量も多い傾向があります。CSRDはTCFD提言に近い形で気候関連リスク・機会の開示やネットゼロ目標の設定を要求します。結果として、製薬企業は再生可能エネルギーへの転換やSBT(Science Based Targets)の導入など、より野心的な脱炭素ロードマップを策定・実行する動きが加速しています。
(3) サプライチェーン全体での環境管理
製薬企業の排出や環境負荷は、一次原料の調達から流通、使用済み医薬品の廃棄まで、バリューチェーンを通じて広がっています。CSRD/ESRS下ではスコープ3(取引先や顧客段階)の排出量把握・開示も義務化されるため、サプライヤー企業への排出削減要請や環境基準の厳格化が進むでしょう。いわゆるサプライチェーン全体の温室効果ガス管理や水・廃棄物管理が求められ、大手製薬企業が取引先にSBT目標を設定するよう促す動きも増えています。
(4) 製品と環境の関係への注目
製薬業界特有の課題として、医薬品の環境排出問題が挙げられます。抗生物質やホルモン剤など、有効成分が河川や土壌に流出した場合、生態系への影響や耐性菌の増加が懸念されています。CSRDのダブル・マテリアリティの観点では、こうしたインパクトも重要視されるため、製薬企業は排水処理やグリーンケミストリーへの投資強化、環境リスク評価の精緻化が求められます。
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2113947119
2. 社会(S)面への影響:医薬品アクセスから従業員・人権対応まで
(1) 患者・顧客への価値提供の「見える化」
製薬企業における社会的価値とは、根本的には「有効かつ安全な医薬品やワクチンを提供し、人々の健康を支える」ことです。CSRD/ESRSのS領域では、医薬品アクセス(途上国への供給、価格設定、公衆衛生貢献)や製品安全性(副作用監視、市販後調査など)をどのように管理・報告しているかが問われます。企業は具体的な患者数や提供価格、支援プログラムの成果といった形で社会貢献度を示すことになるでしょう。
(2) アクセス・トゥ・メディシンへの圧力
途上国・低所得者層への医薬品アクセス拡大は、製薬業界が長年抱える大きな社会課題です。CSRDにより、この「アクセス向上」が一層クローズアップされ、企業は明確な数値目標や施策を開示する必要に迫られます。具体的には、「新興国での患者数を増やす」「特定感染症ワクチンを非営利価格で提供」など、企業間でアクセス戦略を競い合うような流れが今後強まるかもしれません。
(3) 従業員・サプライチェーンの労働環境
ESRS S1/S2では、企業内外の労働者保護・人権配慮が詳細に規定されます。製薬企業は高度な研究者から工場ライン労働者まで多様な人材を雇用しており、多様性・包括性(DE&I)、健康・安全管理、人材育成などが開示対象となります。また、原材料や臨床試験を外部委託するサプライチェーンでは、強制労働・児童労働などのリスク評価(人権デューディリジェンス)が不可欠です。CSRDはこうしたバリューチェーン人権管理の結果を報告させるため、企業は現代奴隷禁止方針やサプライヤー監査を厳格化せざるを得なくなります。
(4) 製品の安全性と責任
製薬業界では製品責任が極めて重要です。ESRS S4「消費者・エンドユーザー」では、医薬品の品質管理や副作用情報、適正使用のための情報提供、さらにはオピオイドなど依存性リスクの高い薬剤への対応なども含まれます。医師への情報提供や販売促進が倫理的に行われているか、過剰なプロモーションはないかといった点もCSRD報告の中で透明化される見込みです。
3. ガバナンス(G)面への影響:企業倫理と体制整備
(1) サステナビリティガバナンスの構築
CSRD/ESRSは、取締役会レベルでサステナビリティ課題をどのように監督しているかを報告することを要求します。製薬業界でもESG専門委員会の設置やESGに精通した取締役の登用などの動きが進んでおり、「サステナビリティ=コンプライアンスだけでなく経営戦略の中核」として扱う必要が高まっています。取締役会・経営陣がどの程度ESGを意思決定に組み込んでいるかは投資家から厳しく見られるポイントです。
(2) 企業倫理・コンプライアンスの徹底
製薬業界は贈賄や販売促進手法への批判、臨床試験データの不正など歴史的に様々な不祥事が存在します。CSRD/ESRS下では、汚職防止策や内部告発制度の有無、政治献金やロビー活動の透明性も開示対象となり、企業倫理がより詳細にチェックされます。医師や医療機関への資金提供、動物実験のガバナンスなども開示されるため、コンプライアンス面で不十分な企業は大きく評価を落とすリスクがあります。
(3) 内部統制とデータ管理の高度化
サステナビリティ情報を財務情報並みに検証可能にするには、データ収集・管理・内部統制システムの整備が必要です。製薬企業は多拠点・多国籍で事業展開しているケースが多く、その分サステナビリティデータを取りまとめるだけでも相当な労力がかかります。CSRDの第三者保証を受けるためには、信頼できるESGデータ基盤と監査対応プロセスを社内に構築することが不可欠となるでしょう。
グローバル製薬企業の取り組み事例と求められる対応
CSRD施行を前に、すでに世界の大手製薬企業はESG施策を強化しています。ここではPfizer、Roche、Novartis、AstraZenecaなどの例を概観し、CSRD/ESRS対応のヒントを探ります。
1. Pfizer(ファイザー)
気候変動対策
ファイザーは「2040年までにネットゼロ達成」を掲げ、スコープ1・2・3全体で大幅削減を目指しています
(Pfizer Announces Commitment to Accelerate Climate Action and Achieve Net-Zero Standard by 2040 | Pfizer)。製造・物流・車両の電化や再エネ導入などに積極投資し、サプライヤーと協働して排出削減に取り組む姿勢を示しています。アクセス向上の取り組み(An Accord for a Healthier World)
2022年に発表した「An Accord for a Healthier World」では、45の低所得国に自社特許医薬品・ワクチンを原価に近い価格で提供する公約を掲げました
(Pfizer Launches ‘An Accord for a Healthier World’ ...)。WHOや各国政府と連携し、医療インフラ整備や教育にも注力することで、低所得国患者への医薬品アクセスを包括的に改善しようとしています。ガバナンス
最高経営責任者(CEO)がESG戦略を自らコミットする形で牽引し、取締役会レベルでの監督機能も強化。過去に贈賄事件の罰金事例はありますが、その後の透明性開示やコンプライアンス推進を加速しており、CSRD下でも高い報告水準が期待されます。
2. Roche(ロシュ)
環境目標と協働
ロシュは科学的根拠に基づく気候目標(SBT)を採用し、バリューチェーンを含めたネットゼロを目指しています
(Roche Commits to Science-Based Climate Goals - ESG Today)。業界全体の排出削減を促すイニシアチブにも参加し、他の製薬企業・病院・保険者などと協働で環境負荷を下げる方策を模索中です。アクセスへのコミット
ロシュは**「今後10年で、自社の革新的医薬品・診断ソリューションへのアクセスを2倍にする」**目標を掲げ、低中所得国における価格設定や生産体制の見直しを進めています
(Roche: ESG and Access to Healthcare - Harvard Business School)。公益性と収益性を両立するため、事業評価にESG要素を組み込む方針を検討中です。ガバナンスと企業文化
長期志向の企業文化と安定株主の存在もあり、サステナビリティを「DNAの一部」と位置づけています。コンプライアンス研修や動物実験の3R推進なども徹底し、透明性の高い報告を行っています。
3. Novartis(ノバルティス)
統合報告と定量目標
ノバルティスは「Novartis in Society」と題した統合報告で財務とESGを一体的に公表。2025年自社運営のカーボンニュートラル、2030年にはバリューチェーン全体でのカーボンニュートラルなど、段階的気候目標を明確化しています
([PDF] Novartis Environmental Sustainability Strategy)。社会貢献(顧みられない病気への投資、アクセス拡大)
顧みられない熱帯病(NTDs)の新薬開発に巨額投資を続けるほか、新興国での新薬アクセス戦略を製品ローンチと同時に設定する仕組みを導入。低中所得国での治療提供人数は年々大幅に拡大しています
(Novartis Highlights Progress in Creating Sustainable Value)。ガバナンス
ガバナンス・サステナビリティ委員会を取締役会に設置し、外部有識者のサステナビリティ諮問委員会も活用。過去の贈賄事件を教訓にコンプライアンス体制を再構築し、内部告発制度などを充実させています。
4. AstraZeneca(アストラゼネカ)
大胆な環境戦略「Ambition Zero Carbon」
2025年までに自社事業(スコープ1・2)でカーボンニュートラル、2045年までにバリューチェーン全体でネットゼロという野心的目標を掲げています(AstraZeneca's 'Ambition Zero Carbon' strategy...)。また「AZ Forest」という大規模植林・生物多様性プロジェクトに投資し、2030年までに2億本の植樹を目指すなど、環境面で先頭を走る企業の一つです。非感染性疾患(NCD)対策と医療アクセス
サブサハラアフリカでの高血圧スクリーニングや医療従事者トレーニングに注力する「Healthy Heart Africa」プログラムを展開し、数千万人規模の診察や教育を実施中。COVID-19ワクチンも非営利価格で途上国に供給し、グローバルヘルスへのコミットメントを示しました。ガバナンス
2018年以降、取締役会によるESG監督を強化し、経営陣のKPIに環境目標やアクセス施策を組み込んでいます。サプライチェーンの倫理規範順守や動物実験の削減にも積極的に取り組み、CSRDに向けた報告準備を先行して進めています。
CSRD時代に求められる製薬企業のアクション
上記事例から、CSRD/ESRSに対応するうえでのポイントをまとめると次のとおりです。
明確なESG目標設定と実行
・気候変動や医薬品アクセスなどの重要領域で具体的・数値的な目標を掲げ、その進捗を定期的に公表する。
・SBTやネットゼロ宣言を採用し、投資家や社会にコミットメントを示す。バリューチェーン全体の取り組み
・スコープ3排出やサプライチェーンの人権問題など、企業境界を超えた課題も視野に入れる。
・サプライヤーや流通業者との連携強化、環境・社会基準を契約に組み込むなど、共同で改善策を推進。ステークホルダーとの協働と透明性
・政府、NGO、他企業とのパートナーシップを通じて、医療アクセスや環境課題など大規模な問題を解決。
・自社の成功事例だけでなく課題や失敗も含めて公開し、外部の知見や批判を取り入れながら改善する。ESGの経営統合と文化醸成
・経営トップや取締役会レベルでのESG監督体制を整え、役員報酬にESG指標を組み込むなど実効性ある仕組みを導入。
・従業員全体にサステナビリティのビジョンを浸透させ、日常業務レベルから行動変革を促す。データ主導のアプローチ
・ESGデータを一元管理する基盤を整備し、第三者保証(監査)にも耐えうる正確性・網羅性を確保。
・TCFDやSASBなどの先行フレームワークとも連携し、シナリオ分析やリスク評価を高度化。
おわりに
EUのCSRD/ESRSは、企業に対して「サステナビリティを財務と同様にきちんと測定・管理し、ステークホルダーに報告せよ」という強いメッセージを投げかけています。特に製薬業界では、環境負荷のみならず、医薬品アクセス格差や従業員・サプライチェーン人権など多岐にわたる社会課題への取り組みが求められ、ガバナンス面でも企業倫理を徹底する必要があります。
一方で、厳格な規制対応は企業にとって負担ばかりではありません。ESGデータの整備や長期視点の経営改革を通じて、リスク低減とブランド向上が期待できます。実際、PfizerやRoche、Novartis、AstraZenecaといったリーディング企業は、CSRDを先取りする形で野心的な環境目標やアクセス戦略を打ち出し、社会からの信頼と株主価値の向上を図っています。
これから先、CSRD適用が本格化すれば、EU域内外の製薬企業いずれも詳細なサステナビリティ報告を求められ、さらに競争が激化するでしょう。しかしそれは同時に、自社の強みを生かして患者や社会、環境により大きな価値を提供するチャンスでもあります。報告を「やらされ仕事」にとどめず、ESGを経営の中核に据えることでこそ、CSRD時代を生き残る真のサステナブル企業へと進化できるのではないでしょうか。