PGT-Pについて

PGT-Pの提供

PGT-Pの"-P"はPolygenic risk score(PRS)の頭文字のPを用いて、日本語では多遺伝子リスクスコアと呼びます。PRSは多因子疾患の遺伝的リスクを評価する手法で、受精卵でPRSを用いた論文が2019年に公開されました。その後、その著者が所属するGenomic Prediction社の検査の1つとしてPGT-Pを始めています。また、ORCHID社MyOme社もPGT-Pを提供しています。一方で、サービス開始当初から、論文やさまざまな媒体でPGT-Pの倫理的や技術的懸念が示されていました。今回はPGT-Pのこれまでの顛末をまとめてみたいと思います。

PGT-Pの内容

2021年に出版されましたNEJMの論文によりますと、Genomic Prediction社は現在、1型および2型糖尿病、乳がん、前立腺がん、精巣がん、悪性黒色腫、冠動脈疾患、高コレステロール血症、高血圧、統合失調症のためのPGT-Pを提供しています。2020年12月の時点で、同社は低身長と知的障害のPGT-Pも宣伝しています。Orchidhealth社はGenomic Prediction社と同じ疾患や炎症性腸疾患、アルツハイマー病のPGT-Pを提供しています。MyOmeは25以上の多因子疾患に対するPGT-Pを提供するだけでなく、学歴、世帯収入、認知能力、主観的幸福に関するPRSを患者に提供しているようです。Genomic Prediction社は、認知能力と肌の色に関するPGT-Pをいつか提供したいと考えています。驚くことに、認知能力や学歴、世帯収入など、医学的な条件(つまり疾患)以外による胚の選別もサービスの一部として提案されています。

PGT-Pの懸念

PGT-PについてESHREのニュースにも取り上げらえれており、下記の懸念点を挙げています。
1. PRSは、ある疾患の遺伝的要素の一部しか捉えておらず、例えば出生後の時間の経過とともに生じる環境やライフスタイルの要因の変化を説明することはできません。そのためリスクの低い胚から出生した子であっても、ある疾患に罹患する可能性は否定できません。
2. PRSでは、ヨーロッパ人を祖先とするゲノムワイド関連研究によって開発された報告が多く、異なる集団に拡大すると予測精度に限界があります。そのため、日本人やアジア人ではリスクスコアが異なる可能性もあります。
3. 身長や認知能力などの遺伝的要因は比較的小さいことが研究により示されています。
4. PGT-Pの予測精度を高めるためには、1周期あたり相当数の胚(>10)が必要です。これは、体外受精を受ける多くのカップルにとって、ほとんど実現不可能なことです。
5. PGT-Pは複数の多遺伝子疾患を同時にスクリーニングするため、胚の選択が非常に複雑になります。

NEJMの提言

上記のような懸念点を踏まえ、先ほどのNEJMの論文では、"Recommendations for Responsible Communication of Expected Gains from ESPS"として、PGT-Pに対して下記の6個の提言をしています。
1. Emphasize absolute, not relative, risk reduction.
2. Provide phenotype-specific estimates of expected gains.
3. Provide ancestry-specific estimates of expected gains.
4. Provide risk-specific estimates of expected gains.
5. Emphasize that expected gains (and risks) are uncertain.
6. Avoid exaggerating the benefits of screening additional embryos.

各学会のPGT-Pに対する見解

ESHREEJHGでは、臨床でのPGT-Pの使用に反対する声明を発表しています。また、最近公開されましたACMGのPRSの見解で、Table1の8に"The ACMG’s position is that preimplantation PRS testing is not yet appropriate for clinical use and should not be offered at this time"と示していますように、PGT-Pは臨床に適しておらず、現時点では提供すべきではないとしております。

PGT-P利用に関する調査

しかしながら、Science誌のPolicy Forumに公開されました"Public views on polygenic screening of embryos"では、アンケート調査の結果、アメリカでは特に若い世代において、PGT-Pが道徳的に受け入れられやすく、またある状況下では使用する意欲もある結果となりました。

まとめ

現在では、海外へ検体の送ることもできる時代です。遺伝カウンセリングでは、PGT-Pの社会的リスクを考慮し、PGT-Pを求める患者に、リスクや限界も含めた完全で正確な情報を提供する必要があります。また日本でも、海外の学会の見解に追従するだけでなく、個々の形質の選択に関して何が許容されるかなど倫理的または規制的な枠組みが必要かどうかについて、社会的な議論を行う必要があると考えています。

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