卵巣刺激が染色体に及ぼす影響
論文
要旨
本論文は、卵巣刺激が胚の染色体構成に及ぼす影響を調査したものです。卵巣刺激は一定数の卵子を採取することを目的として行われています。
背景
動物研究ではゴナドトロピンの高用量が卵子や胚の染色体異常を引き起こすことが示唆されています。一方で、人の研究では結果が一貫せず、ゴナドトロピン投与量、刺激プロトコル、期間、採卵数が染色体に影響する研究もあれば、影響がないと報告する研究もあります。このため、卵巣刺激が染色体に及ぼす影響については議論が続いています。しかしながら、卵巣刺激の影響を調査した研究では、対象集団の多様性が結果に影響を与える要因として考えられています。多くの研究がPGT-Aを受けた患者を対象にしていますが、PGT-Aは反復流産、反復着床不全、高齢、重度の奇形精子症など様々な理由で実施され、対象者間で染色体異常発生のリスクが異なるため結果にばらつきがあります。また、生検の時期も結果に影響を与える可能性があります。分割期胚の生検を利用した研究では、強力な卵巣刺激や高い反応が、染色体異常率の増加と関連していることが多く報告されていますが、一方で、胚盤胞期のTE生検を利用した研究では、卵巣刺激や採卵数が胚盤胞期における染色体に影響しないと報告されています。これは、強い卵巣刺激が分割期胚での異数性率を上昇させるが、これらの異数性胚は発育が停止し、胚盤胞に到達できず、結果的に胚盤胞期のTE生検では検出されない可能性があります。これらの理由から、胚盤胞に至る前の卵子と胚の質(受精率や胚盤胞形成率)に対する卵巣刺激やその反応の影響を調査することが重要です。
研究対象
対象者は、不妊症と診断されていない患者であることが必要のためPGT-Mの患者データを用い、PGT-SR対象者、反復流産、反復着床不全、重度の奇形精子症、卵巣機能低下の患者は除外しました。
方法
卵巣刺激は、4種類のプロトコル(アンタゴニスト、長期、超長期、短期)を行いました。長期および超長期プロトコルではGnRHアゴニストを使用し、ダウンレギュレーション後にゴナドトロピンで刺激を開始します。短期プロトコルはGnRHアゴニストとゴナドトロピンを同時に投与。アンタゴニストプロトコルでは、ゴナドトロピンを周期2日目から開始し、卵胞が12mm以上になった時点でアンタゴニストを使用します。卵子成熟はHCGで誘発し、36時間後に採卵を行いました。染色体解析は、Day5またはDay6に胚盤胞生検を実施し、PGT-M解析と同時に、染色体コピー数解析を実施しました。胚の形態はガードナー分類に基づき評価しました。
結果
母体年齢が上がるにつれて、BMIは増加し、AMHは減少しました。FSH値も年齢とともに上昇し、DORの発生率は年齢層ごとに増加しました。採取卵子数は年齢とともに低下し、<30歳では16個、40歳以上では7個となりました。さらに、MII卵子、2PN胚、生検可能な胚盤胞、正常染色体胚の数も年齢とともに減少しました。ただし、卵子の成熟率、正常受精率、胚盤胞到達率には年齢層間で有意差は見られませんでした。正常染色体率と1個の染色体正常胚が得られたサイクルの割合が年齢とともに低下する結果となりました。
上記の表のように、卵巣刺激の方法によって染色体正常率に影響はありませんでした。また卵巣刺激ゴナドトロピンの投与量、刺激期間、採卵数なども、胚盤胞における染色体正常率に影響しませんでした。
しかしながら、31~40歳の女性においては、採卵数が増えると胚盤胞到達率が低下する傾向が見られました(上表の上段)。過去の研究でも同様の結果が報告されており、卵巣刺激により胚盤胞到達率を低下させる可能性が示されています(上表の下段)。
まとめ
本研究では、卵巣刺激が胚盤胞の染色体正常率に影響を与えないことが示されました。ただし、卵巣刺激の強度が高すぎると、胚の初期発生に影響を及ぼし、胚盤胞に到達する胚の数が減少する可能性があることが示唆されています。本研究の結果から、単に採卵数を増やす戦略ではなく、母体年齢と胚の質の関係を考慮した個別化された治療が求められます。