みぃーさん
みぃーさん。
語尾にアクセントを置く
大阪ことばの「みぃーさん」は
巳さん、白い蛇。
祖母猫と暮らした家のすぐ近く
神社本殿前の大イチョウ
「みぃーさん」はそこに住む、と。
黄金のイチョウ葉群れに黒々と伸びた枝に
練り絹をまとった「みぃーさん」を
祖母猫におんぶされて見たような ―—
あれは、きっと遠い日のまぼろし。
アルビノ(白化)個体ではないけれど、
どこにでもいるフツ―のアオダイショウが
いまでは、猫たちの「みぃーさん」。
🐍
高校に入学した年の秋、
生物部の ”地衣類・キノコ班”が
標本にするキノコを探しに山へ入った。
賢治の「どんぐりと山猫」に出てくる
白いキノコの楽隊「どってこどってこどってこ」
太鼓、叩いているかニャー?
みんなの後にくっついて
キョロキョロしながら山道を行く。
と、先を歩いていた先輩猫が
「ちょっと来て〜」
ニャニ、ニャニ? 近寄ると
林道のそばの草むらにアオダイショウが一匹、
胴の真ん中を錆びた鋸歯に挟まれて
長々と横たわっている。
「ヘビが罠に掛かってる!」
「生きてる?」「わからん……」
駆け寄って、大騒ぎして鋸歯を外し
アオダイショウを自由にしたものの
体長1メートル少し、まだ若いヘビは動かない。
裂けたお腹……猫たちも動かない。
「生きてる、よね」
とりあえず応急処置。
オキシフルで傷を消毒、赤チンを塗ったあと
包帯をグルグル巻いて、お弁当の割りばしを
添え木にして、また包帯。一切合切
日本手ぬぐいでくるんでナップザックに入れ
学校へ持ち帰ることにした。
🐍
高校の生物部は独立した部室をもたず
学科担当の先生方のご厚意で
「生物科準備室」に”居候”。
ナップザックから出したアオダイショウは
標本棚と実験用具の谷間で、
かま首をもたげて威嚇するでもなく、
臭気を発するでもなく
じっとしたまま。
初めてゆっくり全身に触れるヘビ。体表に
ヌメヌメ不快な感触を想像していたけれど
ヌメヌメどころか、サラサラ。
お風呂上りに天花粉(シッカロール)を
はたいてもらった赤ちゃんの肌みたい。
”両生・爬虫班”は、以来、”ヘビ専従班”に。
だれが言い出したわけでもなかったけれど
そのうち二つの約束ができ、猫たちは
(めずらしく)律儀に守った。
①ヘビに名前をつけないこと
②ニンゲン語で話しかけないこと
元気になって
いつか山へ帰る日のために。
🐍
連れ帰って数日間(もっと長かったかも)
アオダイショウは何も食べずにいた。
ホーローの大きな平皿に張ったお水は
飲んでいたかも、けれど何も食べていない。
心配した男子猫が
アオガエルを捕まえてきてヘビの前に。
着地と同時にカエルは開いていた窓からピヨ〜ン
さっさと校舎裏の”泥亀池”へ帰っていった。
ヘビって、何が好物?
猫の会議を開いたものの
ああでもニャイこうでもニャイ、
結局、先生方のご助言で
ヘビ団子を作ることになった。
ごはんに細かく砕いた削り節を混ぜ
卵黄で捏ねて、指先ほどのお団子を作る。
それをお箸の先で、そーと挟んで……
何度か無視されたものの
ある日、とうとう呑み込んでくれた!
(よほどおニャカがすいていたのね……)
それからは数日おきに
ヘビの食欲がうれしくて猫たちは
尻尾を立ててお給仕(お給餌!)
指先大だったヘビ団子は
ひと月も経たぬうち、ウズラ卵の大きさに。
お皿片手にいそいそと金網に近づくと、
ヘビはほんの少し頭をもたげ、つぶらな瞳で
(「獲物がまた自分から寄って来たな」)。
しっかり食べているから
もうオキシフルも赤チンもいらないよ、と
年長のK先生、あとは個体の生命力にまかせよう。
「生きものにはそれぞれの寿命があってな、
生きる時は生きる。死ぬときは死ぬ。」
……寿命。
冬休みが近づいて
二股の細い枝がついた伐採木をケージに入れた。
アオダイショウって、木に登るのが好きらしいけど
まだ登れニャイよね…...。
枯葉をいっぱい集めてきて
巣穴も整えたつもりでいたけど
ヘビは、冬眠しなかった。
生みたて鶏卵を丸呑みしたり
けっこう速く床を這うようになったころ、
冬は終わりに近づき、ただの「ヘビ」だった
アオダイショウは、いつのまにか
「ウチのヘビ」に変わっていた。
🐍
校庭のロウバイのいい匂いが終わり、
立春も過ぎて、学年末試験が近づいたある日
いつものようにヘビ団子をもっていくと
床を這うかすかな気配がして
朝の光のなかにヘビがいた。
初めて見るような美しいヘビが一匹、
静かに首を伸ばして、こちらを見ている。
アオダイショウ特有の文様が
鮮明に浮かび上がって
樹々の深い緑と豊穣の大地の色が
のびやかに新生を告げ、
脱ぎ捨てられた古い衣が
木の枝に掛かっていた。
🐍
春休みが始まってすぐ
ヘビは再びナップザックに収まって
大阪から二時間足らずの電車の旅で
無事、六甲山中へ。
「このあたりだったよね」
ナップザックを開けたとたん
風景に見覚えがあるのかないのか
ヘビはあっというまに草むらに消えた。
別れはあっけなかったけれど
「元気になってよかったよ、ね」
来た道を引き返そうとしたとき
「あれ、見て!」
振り向くと、
ついさっきアオダイショウが消えた
草むらのそばの木の枝にヘビが一匹、
こちらを見ている。そして寄り添うように
よく似たアオダイショウが、もう一匹。
親子?兄弟?それとも、ひょっとして
相手を待ちわびていた💕恋人?
猫たちは、初めてニンゲン語で
しかも大声で、口々に
「元気でおれよ〜」
「気ぃ(を)つけて、這えよ〜」
「しあわせにね〜」
ヘビたちは、じっと
こちらを向いたままでいた。
🐍
ヘビ年の
年の初めの祝言は
毎日元気で、一年間
大きなケガなく過ごしましょう。
(これはバレエ教室の新年に! )
思いは
言葉となってあふれ
言葉はふたたび思いとなって
発したものを包み
静かに沈殿していく
生命の源< anima 魂>
その深みに。
寿命は、いのち
言祝ぐいのち。
いまここに生きて存る
しあわせを歌う
日ごと新しい歌を
今年もまた🐍