日本語、実は難しい?
先程の投稿は2020年、即ち高校入学の、別に新しくもない制服を着為し、新鮮でも何でもない進級を経験した年に、カミュの『シーシュポスの神話』について綴った或る書物に目を通した或る真夜中に心の赴くままにペンを走らせたものである。(或る、と書くのは後述への伏線等では無く単なる失念に拠る)
今となって読み返せば滅法晦渋な文章を好んで居た様で、本当に著者が自分なのか不安になっている。当時の背景含め追憶を深めよう。
あの折は炎節の底力を目の当たりにした七月の中旬、丁度春蛙秋蝉の雑輩に辟易倦厭とし始めた頃合であろうか、読書に憂き身を窶し古本屋に足を運ぶ頻度も上がった。捲るページの増える度に台詞も晦渋なものが多くなっていった。
シニズムは芸術の発展を助長するものである。喜怒哀楽感情の戦ぎは不安定な時こそ其の真髄を顕にするもので、シニカルな表現 胸懐は我々の心を抉り、好きなだけ蹂躙する。斯くして我々はこうも厭世文学に懐柔せらるのである。一部の叢りによる喧々囂々たる蟬騒は当時の我々の首枷にして不快の権化、盛者必衰の理とて忌避蔑んだ思い出は記憶にも新しい。
不条理に立ち向かう事能わざるのを知った上で、世の形而上的思想を体現するのは海底撈月🀇、体系的に審議不能であり豁如たる態勢で臨まねば抗えぬのは自明であろう。
正義という二文字は、決して鳥瞰視出来ぬ領域に鎮座しており、死屍累々と積み重なる無念の頂点に描写されやすい。文中「甚だ麁陋にして完全ならざる者達…」の描写は中村正直訳:『西国立志編』から引用したものであり割と御贔屓のフレーズである。然して四年も昔の描写ゆえ追憶すれば隅々に理論の精彩に欠けているのが分かるだろう。テルトゥリアヌスの言については、蓋し難解な文書には横文字が使われやすいと言う個人的な印象に拠るもので実際詳しく研究していたとかいう訳では無い。ただの虚勢であり、誇大である。然しながら倫理学哲学に美徳を見出す、超元的理論の言語化体系化に対する渇望の念は至上のものを持っていたと言える。
哲学とは探求の末辿り着くのは真理のイデアでも絶対的アンサーでも無く、自分の考え即ちオリジナルな名辞である。万人には万人に相応する銘々の人生、それ迄歩んだ主観的物語を有する。銘々の物語に重複すなるものが有ろうか。さしもやは、諸名辞には一切の衆生の人生を孕んだ自然観、価値観の介在を有する。似通いこそすれ斉しいものなぞあろう筈がない。故に写実的たる所以は及ばぬ代わりに波瀾曲折にして劇的たる燦爛と陰翳を、其の荒れ狂いうねり惑う怒濤の如く力強く表現せらるる点で、哲学的名辞は文学と密接不可分なのであろう。
文学に研鑽精励すると日本語の不可思議な撞着を孕むのに気付く。
私は作中で「創造の滞りに拍車をかける様なものである。」と記している。抑拍車をかけるとは、馬腹に拍車を当て馬を進ませる事から、成り行きを一段と速める表現として使われている。想像の滞りに拍車をかけると、減速を加速させてしまう事になり同文内撞着が生まれてしまう。(故に四年前の拙著の用例の誤りが露見するのだが)そもそも加速の意図を無視し、「一段と〜、更に〜。」と言う意味で使われる事が多い事から、意義の消失が読み取れてしまう。
「デタント」とはフランス語のDétenteに由来し、戦争の危機にある二国間の対立関係が緊張緩和することを意味する言葉で、主に冷戦下の米ソ対立が緩和に向かう事を指し日本語では 雪解け と訳される。
この雪解けに水を差したのはソ連がキューバに核ミサイル基地を設置した事をアメリカが認め即時海上封鎖、核戦争寸前に迄事が発展した「キューバ危機」である。
上記から読み取れる様に、「水を差す」と言う慣用句は上手く進行していることに対して、態々横から邪魔をすると言う用例で使われる。キューバ危機によって雪解けが滞ってしまったのである。
然しながら、雪解けに水を差すと如何ならんや?雪が解けるのに水を差すと、雪解けは滞る所か、解けるのが加速してしまう事にならないか。雪解けに拍車がかかってしまうのである。
「雪解けに水を差す」行為は慣用句を知る者はデタントに横槍を刺された旨を想定するが、直訳すればデタントが加速する、即ち拍車がかかり平和に近付くと言う意味に捉えられかねない。不可思議である。
これは慣用句銘々に由来なるものが存在し、由来から独立した意味が用例として使い古され、本来想定されていなかった事物と化合する事で意味合いが真逆になる為である。言葉の先走り、置いて行かれる語源と原義、言語淘汰の末 伸暢したる無限の枝分れ、何処までも広がる訓詁の変容、釈義の必要性は言語の一元性に留むる事を知らず、写実的解釈を好む冥頑不霊の愚挙云々は論うだけ馬鹿らしい。
日本語は、実は想像を絶する程難しいものなのではないか。使い熟せている様で、使われているのは我々の方なのかも知れない。中々巧い締めが思い付かないので、以上を所感とさせていただく。
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